22. マザー式子育て法
望は夢を見ていた。
自分でこれは夢だ、とわかっている夢だ。
夢の中で、望は16歳のノゾミで、マックの王国のたった一人の姫であり、同時にマザーを代弁できるマザーの瞳として皆に慕われていた。
久しぶりに会ったマックに、マックの遺産のせいで被っている面倒について文句を言おうとしたが、何故かそんな言葉を紡ぐことができなかった。
「マック」
「父さん、と呼んでくれないのかい?」マックがわざとらしい情けない顔をして言った。
「父さん、父さんは私にどうして欲しいの?」自然にノゾミとして、話している。
「ノゾミ、父さんと、そして母さんの望はただ一つ、ノゾミが幸せに生きることだよ」
「でも父さん、この国のことは?」
「そんなことは、何も心配しなくていいんだよ」
マックの作った国は、王と言っても特別に恐れられたりはしていない。王政、というよりは法治国家である。
マックは様々な進化を促して皆の暮らしを豊かにした実績で、国民に尊敬され、頼られていた。やがてこの大陸が国として外から侵略されないための形を整える便宜上、王となったそうだ。
次は誰か国を導ける者が王となれば良い、と言う。世襲など、馬鹿らしいことだ、と。それよりノゾミが生きたいように生きる方が、よほど大切なことだ、と言われた。
ここは不思議な国だった。進んだ文明と、原始的とも思える風景が調和していた。ノゾミの作った美味しい植物は元の世界のIV肉などとは比べ物にならないほど、進んでいた。様々な味、食感、香りまでを自在に作り出すことができる。
望は、首を傾げた。その知識は、マザーから与えられたもので、皆にも広めた。ノゾミ程うまく作れるものはいなかったが、ほとんどの人が、程度の差はあれ、ある程度はできるようになった。その知識は望のなかにある。必要なのは、種だ。何の種でも良いわけではないが、元の世界でも、どこかに適する種があるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、目が覚めた。辺りを見回すと、見慣れた自分の小さな部屋だ。
ふと思いついて、部屋のオートシェフのメニューから、マンゴ―を選ぶ。
目の前には食べごろのマンゴーが1個丸ごと現れた。これは普段の望のアパートのオートシェフでは考えられない。昨日オーストラリアから戻るときに果物をたくさんもらってきてオートシェフにストックしたおかげだ。
勿体ないので、とりあえずそのまま実を食べた。
「美味しい、でも、もうちょっと固くて、サクサクした食感でもいいかな?」 思わず微笑んで、種を手のひらに載せる。目を閉じて、自分の思うような果物を描いてみる。ラストドリームで、マザーに教えられたように、種に働きかける。種が望の要望に答えようとするのがわかる。
目を開けると、5センチほどの芽がでていた。望は、コップに水を少し入れ、芽の出た種をそっと入れた。
「どんな実になるのか、楽しみだね、カリ」カリが興味深そうにこちらに意識を向けている。
『お母さんの思う通りになる。私にも』甘えるようにカリが言った。
「カリにも?そうか。カリはなりたい木があるの?」
『カリは、お母さんの中の木になる』
「僕の中の木?マザーのこと?」望が意識の中に7色の葉をつけるマザーの姿を思い浮かべると、カリの葉が激しく震えた。
『そう、マザー、カリもマザーになりたい』
それは可能なのだろうか?インドネシア辺りに、7色の幹を持つレインボーユーカリがあったはずだ。7色の幹があるなら、7色の葉があってもいいはずだし、何よりカリはマザーの遺伝子を持っている。望と話せるのだから間違いない。
「そうだね。きっとなれるよ」優しく言って、小さな葉に触れながら、マザーの姿を思い浮かべ、エネルギーを流し込む。カリが嬉しそうに葉を揺らす。気分はすっかり子育てをする親である。
『もういっぱい』やがてカリはそういうと静かになった。お腹が一杯になって、眠ってしまったようだ。よく見ると、ほんの少し大きくなっている。もう少し大きな入れ物が必要だ。
(ハチ、カリのために植木鉢を注文したいんだけど、頼めるかな?少し大きめにして)
(承りました。支払いはどの口座からいたしましょうか?)
(どの口座?僕口座は一つしか持ってないよ)
(望様個人名義で99の口座がございます)
「いつの間に...」やっぱりマックに文句を言っておくんだった。