19. カリ
「流石に疲れたな」漸く帰ってきたマックの家のリビングで、ソファーに体を投げ出しながらリーがぼやいた。
「そうね。ちょっと強行軍だったわね」珍しくミチルが同意している。
「1日でパースからザンザス、砂漠ですからね。望も、疲れたでしょう?」プリンスが望に訊いてくれるが、望はもう返事をする元気もない。椅子に座ったまま頷いた。
「うん、疲れた」
『疲れた』手に持っていた器から伝わって来た。
連れてきた小さな芽は、望達と一緒に砂漠の開発地を回っているうちに望との意思の疎通が大分滑らかになっていたが、気配が弱くなっている。
「カリも疲れたって」いつまでも木の芽とも呼べないので、そのままカリと名付けた。ミチルに安易だと笑われたが、カリが気に入って喜んでいるんだから良いじゃないか、と思う。
「お水いる?」ザンザスを経つ前にあげてから2時間は経っている。
『お水、いらない』
「そう?もう寝る?」寝るなら暗いところのほうが良いだろう。夜を頭に描きながら訊いてみる。
『ねる?ねる』どうやら眠いようだ。
「ちょっとカリを寝かしてくるよ」望は疲れた体を無理に起こして、カリの箱を持って自分の部屋に向かった。
「寝かしてくるって、まるで子守ね」望を見送りながらミチルが呆れている。
「子守じゃなくてお母さんだろ」リーが苦笑いをしながら言った。
「望だからね」言いかけたプリンスが、言葉をとめた。
「わかりました。そのまま拘束して、警察に連絡して引き渡してください。後は現地の警察に任せます。引き続き警戒をお願いします」LCから連絡が入ったらしい。
「どうした?」
「警護の者からです。パースを出たところからつけてきていた車が、この屋敷の自動防衛区域内に入ろうとして撃ち落とされたそうです。ジェットエンジンは大破したようですが、中の人員は無事だそうです」
「こっちで調べなくていいのか?政府関係なら、警察はあてにならんだろう」
「警察に任せましょう。政府関係者なら、ここの防衛設備を知っているはずですし、違うと思います。下手に関わって介入される口実を与えない方がいいでしょう」考え込みながらもプリンスが言った。
「ここの防衛設備は超一流だけど、侵入される可能性もあるわね」ミチルが立ち上がった。
「それに備えて私の護衛が屋敷の周囲を24時間ガードしているから、そう心配する必要はないとは思います」プリンスがミチルを安心させるように言った。
「私としてはあまり望を心配させたくないのですが」
「プリンスは望を甘やかしすぎよ。望にも危険があることはよくわかっていてもらわないと、守る方は大変ですもの」そう言いながら、ミチルは望の部屋に向かった。