16.マザーの子供達
『お母さんはお母さん。お母さんだよ』
「君のお母さんはこの大きな木じゃないの?」望は傍の巨大なカリの木に手を触れてもう一度聞いた。
『それは私。私。お母さんはお母さん』
「えっ、君はこの木なの?」
『私は私。お母さんはお母さん。会えた』マックのラストドリームで長い時間を過ごした記憶は目覚めてからすぐにぼやけ始めて、遠い昔の記憶のようになりつつあるが、マザーの事は今でもはっきりと思い出せる。マザーとの交流で味わった一体感はそれまで望が味わったことのない、欠けているところが満たされるような感覚だった。この木から感じる思いは、あの感覚とはかけ離れているが、言葉にしなくても感情がわかるのが、似ている。とても喜んでいるのが伝わってくる。
「お母さん…マザーを探しているの?」望は頭の中にマザーの姿を描いた。
『お母さん!』頭に響く声が歓喜で慄えた。やはりマザーのことらしい。この木はマザーの子供なのだろうか?マザーの子供達はいろいろな姿に形を変えて世界に広がっていた。この世界にもいるのだろうか。
「どうかしましたか?」先頭に立って案内をしてくれているジャビールが、立ち止まってしまった望達に気がついて怪訝そうに聞いた。小さな木の芽に話しかけている望は怪しい人にしか見えないに違いない。
「いいえ、あの、この木の芽はカリの芽ですか?かわいいですね」 望は慌ててごまかそうとした。
「木の芽? ああ、まだ芽が出たばかりですね。多分そうだと思いますよ。もう少し大きくならないと確実ではないですが」ジャビールが微笑ましいものを見るような目で望を見ている。
もう少し話をしたいけど、実質自分が雇っている人に、新しい雇い主は変な人と思われても困るし、と望が悩んでいると、リーが前方に見える平屋の建物を指差してジャビールに尋ねた。
「あれが目的地?砂漠開発の本部と聞いたんだけど、割と小さいな。」
「はい、あの建物が本部です。地上1階ですが、地下は20階までありますよ」ジャビールは前方に目をやって答えた。
「望は自然愛好家だからな。ここらで少しのんびりしたいんだろ。俺は都会人だから建物の中の方に興味があるぜ。 プリンスもそうだろう? もう建物が見えるから、いくら望でも道を間違うこともないだろうし、俺とプリンスは先に建物を案内して貰っても良いかな?」
「そうだね、僕はもう少しこの辺りを楽しみたいし。ジャビールさん、リーとプリンスの案内をお願いできますか?彼らの見たいところはすべて見せてください」リーの助け舟にドンと乗って、ジャビールに頼む。
「そうですか?では先にご案内します」ちょっと不思議そうな顔をしたが、同意してリーを先導するジャビール。
「ミチルは残るんだろ?」リーがミチルを振り返って聞いた。
「誰かが子守をしなくちゃ迷子になるかもしれないもの」
「誰がこんなところで迷子になるのさ」一応文句は言ってみるが、ミチルが自分を置いていくことはないとわかっている。
3人が離れるのを待って、もう一度小さな芽に触れる。
「君は、マザー、いや、お母さん、の子供なの?」
『お母さんの子供。私はお母さんの子供。私はみんな、お母さんの子供」
『救われた事さえわからない生き物でも、私の子供達です。あなた達の兄弟です。助けなくてはいけません』突然、望の頭の中にマザーの声が蘇った。