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13.アンダーソン夫妻

 リタ アンダーソンは夫のハンクとともに、豪華客船ムーンプリンセス号のタラップを登っていた。 先月ハンクが長年勤めていた会社を退職し、同時リタも勤めていた工場を退職、夢だった世界一周旅行に出発するためだ。 

 2人の退職金と貯金を合わせても、とても実現できない夢だと思っていたのに、夫が職場の同僚に勧められて購入した宝くじが、1等に当たり、ちょっとした贅沢ができるようになった。いや、ちょっとした、でなくてもかなりの贅沢ができるようになったのである。


 リタとハンクは子供が持てなかったので、お金を残す相手もいない。これからはやりたいことをやって使い切ってしまおう、とハンクと話し合ったのだ。船旅の間にゆっくり考えて、次は何をするか決めようと思っている。まるで夢でも見ているようね、と思うリタ。


 メインダイニングでのフルコースの食事は飽きさせることがないように意趣を凝らし、毎晩のエンターテイメントも素晴らしかった。

 ハンクは趣味のチェスをやる仲間を見つけて午後を過ごし、リタはデッキのプールでのんびりと本を読んだ。高給な職につくための職業適性を得られず、大都会の地下工場勤務だったハンクとリタにとって、毎日時間に追われない生活は、それだけで貴重だった。時折立ち寄る港から各地方の観光に出かけることもあり、退屈する暇もない。瞬くうちに3ヶ月がすぎ、最終の港であるリオデジャネイロに到着した。


 旅行中に2人で話し合って、もうしばらく世界を見て回ることにした。これまでエコノミーな団体旅行しかしたことのなかった2人にとって一流ホテルに泊まっての観光は憧れだった。今までとても行くことができなかったアンダーへも今ならツアーで行ける。それに飽きたら、リタの故郷のマドリッドに帰って静かに暮らそう、と決めた。大きな家もいらないので小さな家を買って、慎ましくあと50年も暮らせるだけのお金を残しておけばいいのだから。


 リタとハンクはなかなか旅行に飽きることがなく、気が付けば10年がたっていた。一流ホテルでの暮らしにも慣れ、もう落ち着きたい、と2人の意見が合って、最初の予定通り、マドリッドに移り住んだ。新しく見つけた親戚との付き合いもあり、新しい街にもすぐなじんだ。20年をマドリッドで過ごし、従妹の子供たちやその子供たちとすっかり親しくなった2人は話し合って彼らに残りの財産を分け与えることにした。まだあと20年楽に暮らせるだけの貯金はあったが、やりたいことをやって、2人にはもう思い残すことがなかったし、少しでも子供たちに残してあげようと話し合った。2人の希望は、同時に死ぬことだけだったので、安楽死を希望し、100回目の結婚記念日を旅立ちの日と決めた。

 お別れセレモニーには多くの親戚、友人が別れを惜しみに来てくれた。

 2人は手をつないで、微笑みあって目を閉じた。



「午前11時34分、プログラム終了。死亡確認致しました」


立ち合いの医師が告げたが、それを聞いたのは記録用のAIだけだった。親戚も子供もいないアンダーソン夫婦は、すべての財産を始末して、2人用の30年分のラストドリームを購入した。2人用の30年は高額だが、宝くじにあたる、という割と一般的なプログラムだったし、2人とも同じプログラムを希望したのでその分割引もあった。100歳まで働いて、すぐの死亡に、コンサルトをした医師は止めたということだが、カプセルの中の2人はとても幸せそうだった。

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