6.売るべきか、売らざるべきか、それが問題だ
「うわっ。いつからそこにいたの?」
「俺は、今来たところだよ。ちょっと格納庫を覗いてみようと思ってこっちに来たら、ミチルとプリンスが何か面白そうなことしてたからな」今来たところか、良かった。え、でも、ミチルとプリンスは?
「私はマダムが姿を現したところからよ。様子を見に行ったら部屋にいないから、探したじゃない。一人で出歩かないでよ」ミチルが怒って言った。 ほとんど初めからじゃないか。
「私は、望の様子が変だったので気になって、部屋を出ていくのを見て、つい後をつけてしまいました」どこか申し訳なさそうにプリンスが言う。ということはプリンスは最初から見てたんじゃないか。以前のプリンスの未来の”予言”のことがあって、マダムに聞いてみたいなんて、プリンスにだけは言いたくなかったのに。
「ごめん。別に隠すつもりじゃなかったんだけど、占いに頼るって、なんだか恥ずかしくて」
「私は正しい判断だと思いますよ。”占い”とは言っても、使用されているデータを考慮すると、政府のシミュレーションコンピューターと変わらないか、もっと正確ですしね」プリンスが力付けるように言った。
「そうね。マダムが”占い”なら、他のシミュレーションもすべて”占い”ね。マダムに聞いてみるというのは望にしては良い考えね」
「僕にしてはって、ミチル」何気に馬鹿にされているような。
「そんなことはどうでもいいから、早く結果を見ようぜ」一緒に見るのが当然という態度で、リーが言った。望にも、まあ、異論はない。むしろ一人で考えなくて済んで、少しほっとした。
「うん、じゃあハチ、皆に見えるようにお願い」
火のついていない暖炉の前にあるソファーに座りながら言った。プリンスがすぐに望の横に座り、リーと、ミチルは両端の一人がけソファーにそれぞれ腰をおろした。
「はい」 ハチのホロイメージが返事をすると同時に、彼の姿が消え、大きな立体スクリーンが現れた。立体スクリーンには利権の名前、売却先、予想される世界情勢への影響が次々に映し出されていく。
「ハチ、一寸止めて」 30分もしないうちに望が音を上げた。
「はぁ、僕にはよくわからないや。A&A政府に売却して、第3次世界大戦になる可能性50%って、何がどうしたらそんなことになるのか」
「そうですね。可能性はあると思ってましたが、50%は思ったより高い確率ですね」プリンスが落ち着いた様子で言った。可能性はあると思ってたんだ、とあきれる望。
「あとどのくらいあるのかしら?」ミチルがスクリーンを見ながら聞いた。
「ハチ、あとどのくらい?」
「現在約半分です。同様のスピードであれば、あと35分ですべてご覧になれます」
「まだ半分!僕はもうダメだよ。頭が追い付いていかないや」望がぐったりとして、ソファーにもたれかかった。
「望、一応最後まで見てしまいましょう。気になるところはまた後でゆっくり見れば良いですから」プリンスが、望の肩に手を置いて宥めるように促した。
「そうよ。望が無理でも私達が見ておくから、とりあえず、最後まで見ましょう」やはり何だか馬鹿にされているような。
「わかったよ。ハチ、続けて」渋々ハチに再開を命じる。
「はい、かしこまりました。」
35分後、すべての”占い”の結果を見終わった4人は、さすがに全員、疲れ切った様子で、口を開く者もいない。
「皆様、よろしければ、お飲み物と軽食はいかがでしょうか。隣室に用意してございます」
スクリーンから再び執事風の男性に変わったハチが勧めた。もう執事でいいんじゃないか。
「軽食!そういえば腹が減ったな」リーがちょっとうれしそうに言って立ち上がった。他の3人もリーに続いて、開いたドアから隣室に入った。
隣は今まで入ったことのない部屋だった。リビングルームの4分の1もないようなこじんまりとした部屋には低い丸テーブルと、それを囲む椅子が4脚。テーブルの上には、3段重ねのトレーがあり、小さなサンドイッチ、様々なカナッペ、一口大のケーキ、スコーンなどがのっていた。その横には、オレンジ、マンゴー、パイナップルといった生の果物が、これも一口大にカットされて美しく盛り付けられている。それぞれの椅子の前には、ティーカップと湯気の立つ紅茶のポットが用意がされている。部屋を見回すとホロイメージではない、本物の絵画が壁のあちらこちらに掛けられていた。望の気の所為でなければ、幾つかは文化の授業で見たことがあるような気がする。
「よし、腹が減っては、何にもできないっていうことわざもあるし、とにかく戴こうぜ」リーが椅子を引いて腰掛けると早速目の前の白い皿に、スコーン、サンドイッチなどを次々に積み上げていく。
「それをいうなら、戦はできぬ、でしょ」ミチルがリーを正し乍ら自分も椅子に腰かけた。
「確かにお腹がすいていては良い考えも浮かびませんね。お茶をいただきましょうか」プリンスが言って望のために椅子を引き、自分もその隣に腰かけた。
「有難う。そうだね。これを見たら僕もお腹が空いてきたよ。ハチ、有難う」望は目の前の紅茶のポットから、プリンスのカップに紅茶を注ぎ、それから自分のカップにも注いだ。
「どういたしまして」執事のハチが慇懃に礼をした。