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3.アンダーへ  人類の敵? と 美味しいスコーン

望がアンダーに到着、そこで待っていたのは…


 5月21日 08:00


  ネオ東京


 昨夜予定の変更をナナに知らせるのを忘れて、寝過ごした望は、ウォン先生に起こされ、アパートの地下からありふれたデザインの白い車に乗り込んだ。


 どこかで乗り換えるのかと思っていたら、メトロを離れたところで、急上昇して、ジェットエンジンに切り替わった。


 マッハ3の表示がでている。


 祖父の会社のジェットは乗ったことがあるが、普通の車に見せかけたジェットを見たのは初めてだ。


 パイロットが、装備されたホログラムのメニューを見せてくれた。


 車体が変化するのではなく、精巧なホログラムで車体を包んでいたのだ。乗った時にも全然気がつかなかった。


 外観メニューには、普通車の他に、作業用のトラックや連邦のポリスカーがあった。


「先生もこの車で拉致されたんですか」


「ああ、乗るまで全然気がつかなかったよ」


「僕もです。すぐそばで見ても全くわかりませんね」


「こういうのはアンダーの方が得意なんだろうな」


 さすがに無法地帯と言われる国だ。


珍しくて、いろいろといじっているうちに、到着の合図がでた。



 望は連邦のIDを用意していたが、ジェットはエアポートには行かず、直接大きな平屋の建物の横に着地した。入国手続きはどうなっているのだろうかと思いながら窓の外を見たが見渡す限りの平地に、建物はこの一棟しか見えない。


 自然に伸びたとしか思えない形の木々、勝手に流れているような川、地面を覆う草さえもがそれぞれ違う高さ、形で想い想いに伸びているようだ。空に浮かぶ白い雲もあちこちで好きな形を作っている。きれいにシンメトリーしている草木と建物を見て育った望は、どこかむずむずして痒いような気がした。


 家は20世紀村に行ったときに見たような昔風のデザインだ。木造に見える。まさか本物の木を使っているということはあるまいが。

 それともアンダーでは家を建てるために木を切ることが許されているのか。


「良く来てくれたね。ここまでのフライトはどうだったかね?」


 ジェットから降りると、紺色のチャイナ服を来た男性が出迎えた。ウォン先生の祖父のミスター李だと紹介されて、望は軽く頭を下げて挨拶した。


「お招き戴き有難うございます。とても快適なフライトでした」 


「それは良かった。君に会いたいという人が、待ちきれないでいるから、すぐで申し訳ないが、会ってもらえるかな」 


「はい」


 彼は、望を家の中に案内して、大きな木のドア(本当に木なのか、望は気になってしょうがない)を開けるとその中に望を押し込むように入れた。


「じゃ、後で迎えに来るよ。帰る前に食事でもご一緒しよう」


 それだけ言うと、ウォン先生を促して、部屋を出て行ってしまった。


 すぐにドアが閉まり、プライベートシールドがかかった。



 望は部屋を見回した。望のアパート全部の4-5倍はあるだろう。部屋の中央には大きな暖炉があって、勢いよく丸太が燃えていた。伝わってくる熱も、炎も本物にしか見えなかったが、本物の木を燃しているのだろうか。


 部屋には柔らかい光が満ちていて明るかったが、窓はない。一方の壁一面に、本物らしい紙の本がぎっしりと並んでいた。

 紙の本など、曽祖父のコレクション以外で見た事がない。それが、無造作と思えるように並んでいるのに驚いた。



「天宮君、よく来てくれた」



 大きな観葉植物の影から、ゆっくりと立ち上がった背の高い人影が手を差し伸べながら歩みよってきた。現在170センチ(まだまだ成長中 ! のはず…)の望より30センチ以上目線が高い。


「はじめまして。天宮望です」


 その手を握り返しながら、問いかけるように自己紹介をした。


「マクニール ウォルターだ。マックと呼んでくれ」


 望は息を呑んだ。マック ウォルターは旧アメリカにいた財界の大物で、その資産は世界一と言われていた。

 150年前の地球連邦設立に反対、オーストラリアに移住した。彼がオーストラリア連邦の独立を画策した、影の立役者である。


 その後の連邦との冷戦で暗躍、連邦側では、原因のはっきりしない事件の多くを彼の画策による連邦に対するテロ行為であると発表している。


 証拠がないので、政府の責任転嫁だという意見も多いが、その中の幾つかだけでも本当だとしたら、国家の敵である。

 ここ50年近くは表にでることもなく、死んだものと一般には思われていた。


 望にとっては歴史上の名前である。世界史では、私欲のために人類全体の生存を危険にさらした男である、と教えているところもある。

 地球連邦の目指す理想、全体のためには個人を犠牲にできる人間、の正反対というところだろう。

 本物だとすると、彼は200歳をとっくに超えているはずだ。アンダーには150歳以上がごろごろしているとは聞いていたが、これはあんまりだろう。


 目の前の男性は、濃いサンシェードで顔の上半分を覆っていた。


 見える部分は確かにこの頃では見られない老化の症状を見せている。


 髪も真っ白である。しかし、がっしりとした体は筋肉質で、握手した手も力強い。


「私は人より欲が深くてね。もう少しやることがある、と思っているうちにいつの間にかこんな歳になってしまったよ。この8月に250歳になる。この歳になると、医療の粋を尽くして体を持たせる事ができても、やはり寿命はあるとわかってきた。死が待ち遠しくなったら、寿命だよ」


 望達は、この人が「強欲な、人類の敵」という意見を多く聞いてきた。祖父からは、他人の意見は参考にしても、考えずに信じてはだめだ、とよく言われてきたので、それを頭から信じていたわけではないが、どこかに彼の名前に対する忌避感が生まれていた。


 死期が近づいたからといって彼の手助けをするのは、連邦に対する裏切り行為だろうか? もし名前を聞いていたら絶対会うことを承知しなかっただろう。


 詳しい話を聞く前に断るべきだろうかと、望は口を開きかけた。


「まあ、とにかく立ってないで、寛いでくれたまえ。朝早くからすまなかったね」


 望を促して暖炉の前におかれた柔らかな革のように見えるソファーに掛けさせると、テーブルに用意されていた紺色に金色の網目模様が入ったティーポットから、同じ模様のカップにお茶を注いで望に手渡した。


 テーブルの上には3段になったティートレーがおかれている。一番上にはスコーン、真ん中には小さくスライスされた果物とチーズ、チョコレート、一番下の(一番大きな)トレーには一口サイズのサンドイッチやケーキがきれいに盛られている。スコーンからは、嗅いだ事がないほど良い匂いがしてくる。これは、バターの香り?でも匂いが全然違う。


 寝坊して朝食を食べ損なったのを思い出して、望の胃袋が音をたてた。


「良かったら私のお茶に付き合ってくれないかな。このところ朝は食欲がないので、ブランチがわりにティータイムをすることにしているんだ。お客様が食べてくれないと私も食べられないからね」


 望は一瞬断ろうかと考えたが、胃袋の要求に負けて、これを食べたからといって仕事を引き受けるわけではないのだから、と自分に言い訳してしまった。


「じゃあ、遠慮なく戴きます」


 望は白い受け皿にスコーンを取ると、テーブルにおかれたクリームとジャムをたっぷり載せて頬張った。


「おいしい!」


 思わず嬉しくなってしまうほどおいしかった。


「だろう?このスコーンはうちのシェフの自慢なんだよ。ここの牧場で作っているバターを使ってるからね。ケーキもおいしいから食べてごらん」


 サンドイッチもケーキも望がいつも食べているものより格段においしくて、トレーを空にするのにさほど時間はかからなかった。


「本当においしかったです」


 新しく入れてもらったミルクティーを飲みながら望が満足のため息をついた。


 望は、美味しい物に弱いのだ。美味しい物は気分を前向きにする。感じていた警戒心が半分は消えてしまった。


「これだけでもお伺いした甲斐がありました。お引き受けできるかどうか分かりませんが、お話伺います」

やはり天然ものは美味しい、のか? 以外と自分の欲望に弱い望でした。

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