268. 子分達の助け
「うっ」 焼け焦げたようにも見える地面に一歩踏み出した途端、足から這い上がってくる冷気に小さくうめいた。多分物理的な温度ではないのだろうが、まるで足元から凍っていくような感触があった。カリが小さく震えたような気がした。慌ててそっとカリの葉に触れると、いつもより冷たい。
「カリ、大丈夫?皆のところに戻って待っていたら?」
『大丈夫なの。カリは強いの。子分と一緒にお母さんを助けるの』 カリがそう言うと、触れている葉の温度が上がった。
「子分?」世界中にばら撒いたあのカリの根から分かれた子達のことだろうか?そう言えば皆元気にしているとカリから聞いていたっけ。でも、主に北半球にいるはずだ。
「皆遠くにいるんじゃない?」
『遠くないの』
『子分達、カリのお母さんに一杯力を送るの!』カリの言葉に応えるように多くの意識が雪崩れ込んで来た。
『『『親分!』』』 なんだか親分って聞こえたような気がしたが、カリはあの子達に一体何を教えているのだろう?
『わかった!』
『一杯送る』
『親分頑張る』
『眠たい』 寝ている子もいたようだが、数多の子達から力強い返事があり、やがて望に温かい力が流れ込んで来た。全身が暖まって力が溢れてくる。望はそのままカリと一緒に前に進んだ。これまでの荒れ地よりも多くのエネルギーを奪われる感覚があったが、それ以上にカリ達から力強いエネルギーが流れてきて、望はそれを大地に流し続けた。一歩一歩前に進み、漸く荒れ地の端にたどり着いた時にはまるで何十キロも歩いたような気がした。そして手の中の白いUOがこれまでになかった程熱くなっていた。
「お疲れ様、望。これで漸く終わりましたね」思わず座り込んでしまった望に駆け寄ったプリンスが水の入ったグラスを渡しながらねぎらった。
「今日はこの広さにしては随分長くかかったわね。それにいつもより疲れているように見えるけど」 ミチルは望の様子を確かめながら怪訝そうに訊いた。
「うん。他の場所より重症みたいで。カリが助けてくれなかったらできなかったかもしれない」 望がそう言ってカリを優しく撫でると、カリが得意そうに震えた。
「カリが?たまには役に立つこともあるのね」ミチルが少し驚いたように言った。
『カリはいつも役に立つの。ミチルとは違うの』
「そうだね。カリはいつもすごく役に立ってくれるよ」 不穏な気配がして、望は慌てて口を挟んだ。それからゆっくりと立ち上がって振り返った。進んで来た大地にはうっすらと草が生え、所々に50センチほどに伸びた木があった。近くの若木に歩み寄ってそっと手を触れ、直接力を流し込んでやると背伸びするように丈を伸ばし、小さな緑の葉をつけた。
『有難う』 見かけに似合わず落ち着いた声が聞こえた。
「どういたしまして。早く大きくなれるといいね」
『ゆっくりで大丈夫。あっちの私はまだまだ元気だから』 その言葉に望はこの元荒地を取り囲む背の高いオークの木を見た。
「君はあの木から生まれたの?」
『あの木は私』 どうやら同じ木という意識らしい。同族の木には自分と他の木という意識はないらしいと望が気が付いていた。どうやらどちらも自分だということらしい。人間の望にははっきりとはわからない感覚だ。
「それにしてもどうしてこの場所の植物は枯れてしまったんだろう。何か知っているかい?」 これまで見た地域に比べて開発が進んできている様子もなく、周囲は立派な森林に囲まれている。そのためなのだろう、A&Aの政府は全く気が付いていなかった。植物の死に絶えてしまった理由も、回復がこれまでになく困難だった理由も謎だった。
『わからない。突然どんなに光を貰っても足りなくなって、この場所では生きられなくなった。最初は小さな場所だったのにどんどんと広がっていった』
「そうだったの。今度他の人が理由を探しに来るかもしれないから、その時は協力してあげてね?」
「望、グリーンフューチャーの研究所から誰かを派遣しますか?手続きが面倒ですが、許可はとれると思います」 望の言葉を聞いていたプリンスが訊ねた。
「う~ん、僕はこの件はドミニクが良いんじゃないかと思うんだけど、駄目かな?」
「ドミニク?」 プリンスが驚いて目を見開いた。
「望、ドミニクは学者じゃないのに、どうして役に立つと思うの?」 ミチルも怪訝そうに訊いた。
「うまく説明できないんだけど、勘、かな?」
「またそんな非科学的なことを言って…」 ぶつぶつ言うミチルの肩にプリンスが宥めるように手を置いて言った。
「望の勘は植物に関しては間違いないですから、信じましょう」
「植物に関してだけは、ね。まあ、どうせ望は存在が非科学的だから仕方ないわ」
「存在が非科学的って…」 とにかくこの件はドミニクに調査を任せることになった。




