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265. 死の大地

 翌日、アカの苗をグリーンフーズの火星補給船に載せる手配をグリーンフューチャーの植物研究所に任せ、望達一行は最後の修復予定地に向かった。マザーの子供たちとのネットワークを通じて望の描いた地図によると、マックの家から南に車で3時間ほど下ったところにある山の中だ。この後UOを火星に送ることになっているのでその前に気になるところは片付けておきたかった。


 「それにしてもここってA&A政府の保護地だろ?誰にも修復を頼まれてないのに勝手に入っていいのか?」 他の車が見当たらないのをいいことに、曲がりくねった山道をものすごいスピードで手動運転しながらリーが振り向いて望に訊いた。


 「リー、振り向かないで、運転に集中しなさい!」 助手席に座っているミチルに咎められてリーはしぶしぶ前を向いた。望はカーブのたびにひどく揺れる運転に、カリの鉢が心配なのと、口を開いて舌を噛んだりしないようにしっかり口を閉じているため返事ができない。代わりにプリンスが答えた。


 「フューチャープランニングの名前で一応許可はとってありますから大丈夫です。植生の観察と新技術による植物の活性化と言ってあります」

 A&Aではまだまだマックの影響力が強いのでフューチャープランニングを通せば大概の無理は通る。マックが望のためにとハチに託して残してくれた数多のメッセージを通じてA&Aの政府内で信頼できる人脈もできている。


 「それにしてもまだこんな自然が残ってるんだな。この辺りに草木の生えてないところなんかあるのか?」延々と続く緑の壁に飽きてきたのかリーが再び望に尋ねた。ミチルに睨まれているので前を向いたままだ。


 「もうすぐだと思うよ。ついたらわかるから」 望がなんとか返事をした数分後、リーが急に車を止めた。


 「帰りは絶対オートにするわ」ミチルが座席に叩きつけられた望を引っ張り起こしながらぶつぶつ言った。望はハチをしっかり抱きしめたまま何とか体を起こした。


 「ここだな?隕石でも落ちたのか?」 リーは車から降りると緑の森林地帯にぽっかりと空いた赤黒い大地を見つめている。


 「それはないと思うけど…理由はともかく被害が広がってるそうなんだ」 カリの鉢を抱えたまま外に出て来た望が言った。


 「まだそれほどの広さではないですが、なんだか不気味ですね、周りがこれだけ青々としているだけに」 続いて降り立ったプリンスも、雑草一本生えていない大地を見て顔を顰めた。


 『お母さん、カリ、ここ嫌い』 腕に抱いたままだったカリが少し不安そうに言った。


 「カリは車の中で待ってる?」 いつもと違うカリの声に望が心配そうに訊いた。


 『カリはお母さんと一緒に行くの』 強い決心をしたような声でカリが答えた。その時かすかな声が聞こえた。


 『誰だ?ここは危ないよ。早く離れなさい』 望は驚いてあたりを見回したが、直にその声が辺りの木々から聞こえてきた事に気がついた。としたら、これは望ではなく、カリへの言葉なのだろう。


 『カリは強いから平気なの。ここは気持ち悪いけど、お母さんがいれば大丈夫なの』 カリが自信ありげに言い放った。


 『ふーん。確かに強そうな子だ。だが、ここではどうだろうかのう。お母さんとは、どこにいるのだ?』


 『お母さんはここにいるの。わからないのはお馬鹿』 カリが少し怒ったように言った。


 「こんにちは。僕がこの子、カリ、のお母さんです」 カリが地元の木を怒らせないようにと、望は慌てて声のする方の木に向かって話しかけた。


 『!ヒトではないか。我々と話せるのか?』落ち着いた声の木が驚きのせいか上ずった声で言った。


 「はい。僕はヒトですが、皆さんの声が聞こえます。ここに植物が育たなくなったと聞いて、治すために来ました」


 『治せるのか?我々も何度も試したが駄目だった。すぐに死んでしまう。その範囲がどんどんと広がってきて、もうすぐこの辺り一帯は死んでしまうと思っていた』 疑問に思いながらも希望を込めた様子で木は言った。


 『お母さんに任せるの。ここは他より気持ち悪いけど、お母さんはきれいで強いの』 カリ、僕はきれいじゃないし、第一きれいってこの件に関係あるの? 内心でツッコみながら望は苦笑した。


 「とにかくやってみます。できれば、僕と一緒にあなた達ももう一度こちらに根を伸ばしてみてくださいね」 望はそういうと、カリを専用のキャリアーの上に置き、プリンスからUOを受け取った。


 「じゃあここで待っていて」 望は皆にそう言って赤黒い土の上に一歩を踏み出した。


 『カリも行くの』 カリがそう言って自分のキャリアーで望の後に続いた。

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