260.アマゾン川にて
「この辺りに植物の育たない地域があるなんて信じられないわね」 その殆どが連邦最大の自然保護区となっているアマゾン川流域を見下ろしながらミチルが誰にとも無く言った。確かに眼下に広がるのは鬱蒼とした熱帯ジャングルである。多少は手を入れられているとは言え、連邦の殆どの地域と比べると全くの自然地帯と言える。
マナウスからエアカーに乗り換え、川の上流にしばらく進んで、漸く目的地に到着した。木の上に作られた建物はアマゾン川の上に立っており、気持ちの良い風が感じられた。物珍しそうにあたりを見ていると、8人程の浅黒い男性が現れ、望達3人を見て、残りのメンバーはどこだと聞いてきた。今日は連邦政府からの派遣もなかったのでこれで全員だと言うと非常にがっかりして、怒っている人さえいる。
この地域は原住民を祖先とする人々の自治区になっており、彼らは自治区の代表達だという。自然保護のため、ここから現地までは徒歩になる。
「これを着てください。大きな蚊が沢山いますから血を吸われたら大変ですよ」 そう言われて分厚いビニールのコート状のものを渡されたが、蒸し暑くてとても着て歩けないし、望達はナノファイバーの衣服を着ているので必要ないと断ると、勝手にどうぞと肩をすくめられた。外に出て実際の蚊の大きさを見た時は心配になったが。
『カリがいるから大丈夫なの』 自信ありげなカリに首を傾げていると、どうやら蚊をよせつけない成分を出してくれているようで、望とプリンスの周りには全く蚊が寄ってこなかった。しかし望の後ろにいるミチルにはやけに蚊が寄っていく。
「ちょっと、カリ、なんで望達だけに蚊よけしてるのよ」しばらくしてそれに気が付いたミチルが怖い顔でカリに文句を言っているが、カリは葉っぱを振って知らん顔をしている。
1時間程歩くと、ジャングルの間にぽっかりと空いた灰色の地面に着いた。案内してくれた代表達はその場所を指し示すと、疑わしそうに望達を見た。連邦政府に援助を依頼したのに、待たされた挙句に彼らがよこしたのは数人の子供達だったのだから、がっかりするのも仕方がないだろう。これまでついて来ていた赤井教授も今回は来なかったので、余計に頼りなく見えているに違いない。
「いつ頃からこんな風に?」 プリンスの問いに彼らは顔を見合わせて首を振った。
「私達にもはっきりいつとはわからない。少しずつ広がっていたらしくてね、気がついたらこうなっていた。しかもまだ広がっている。調べても原因がわからない」
「とにかくやってみます。まだそれ程ひどくないようだから、多分大丈夫だと思います」 辺りを眺めていた望がそう言って、案内の人達に少し離れるように頼んだ。
「何をする気だ?」 代表の一人が疑わしそうに訊いたが、プリンスの企業秘密だという言葉にしぶしぶ後ろに下がった。
全員が荒地から離れたのを確認してから、UOを手にした望が目を閉じた。望の意識が世界中に広がり、世界中の仲間と一体になったような高揚感を覚えた。その地球を覆うような温かいベールのあちこちに綻びが感じられる。その一つが目の前にある。それを覆う様に意識を向けると忽ちその綻びが繕われていった。ふっと息を吐いて目を開けると、目の前には周囲より若いジャングルが広がっていた。
「皆どうしちゃったの?」 振り返ると代表団の人々が地面に膝まづいて祈るような恰好をしている。驚いて近づいてきたプリンスとミチルに訊くと、プリンスがにっこりした。
「今日は特に凄かったですからね」プリンスがどこか神聖なものを見るように望と周囲を見ている。
「そうね。なんか早送りのホロを見ているような感じがしたわ」 ミチルまで感心したように言っ
た。
『お母さんは凄いの!』 カリはいつも通りだ。
「今日は凄く楽だったし、全然疲れてないのに、こんなに成長するなんて、やっぱりこの辺りの植物はもともとは強いんだよね。どうしてあんなになったんだろう?」 望は改めて綻びの原因に考えをめぐらした。
ところでその時は元気だった望だったが、その後、必死に引き留めようとする自治区の人々を振り切るのに疲れて、帰りのジェットではいつもよりぐったりしてしまった。




