258. 2億年前の木
「結局貸し出してるんだから、ドミニクも甘いわね」 ミチルが面白くなさそうに言った。
「でも、いろいろと制限をつけて、詳しい報告も義務付けたりしたらしいけど。実はウィルソン所長のところでも生物ではない、という以外研究に行き詰まっているらしくてね、違うアプローチをしてみるのも良いかもしれないって」
望達は赤井教授を待ちながら、紅葉した山々を楽しもうと、大学の敷地内のベンチに座っていた。11月も下旬になり、この辺りはすっかり寒くなってきたが、燃えるような木々の色が美しく、寒さを忘れさせる。
「そういえば今週ずっとの赤井先生の講義は代理の方でしたね」 プリンスが苦笑した。
「何をしているか心配だけど、これでしばらく教授につきまとわれなくて済むわね」 ミチルがため息をついた。
「マザーがあれは植物の成長を促進する機械のようなものって言ってたけど…」望が夢を思い出して言うと、プリンスが驚いたように目を見開いた。
「マザー?あの7色の木がですか?」
「望、何時そんな事を話したの?聞いてないわよ」ミチルが目を細めた。
「何時って、1週間くらい前に夢でみたんだ。ただの夢かもしれないと思って」
「夢、ですか?望の夢は本当に異次元と通信していることもあるのですよね?」プリンスが少し体を乗り出して訊いた。
「いつもじゃないんだけど、メッセージのような気がすることもあって…」
「メッセージねえ。どうせならもう少し詳しく訊けなかったの?」ミチルが訊いた。
「訊こうとした時にミチルが無理やり起こしたんじゃないか」 あの朝の事を思い出した望が今更ながらミチルを睨んだ。
「まだ8分も寝られたのに…」 望の愚痴にミチルが鼻で笑い、プリンスが苦笑した。
「教授、遅いわね」 LCを見ながらミチルが言った。明日の仕事にUOが必要だから、今日一旦UOを返してもらう約束で待ち合わせをしているのだが、約束の時間はもうとうに過ぎている。
「もう少し待ってもおいでにならなかったら研究室まで行ってみましょう」 プリンスの言葉に二人が頷いた時、ハチがメッセージの着信を知らせた。
「望君、ちょっと研究室まで来てくれないか?今手が離せないんだ」慌てたような赤井教授の顔がそう言ってこちらの返事を聞かずに切れてしまった。
「やっぱり行くことになったわね」 3人は諦めて研究室に向かった。
研究室の入り口で声をかけても誰も出てこないので中に入ると、教授が透明のケースの前で熱心に記録を取っている。
「教授、UOを受け取りにあがりました」 プリンスの声にビクッとしたように振り向いた教授の顔は濃い疲労のためか、先週会った時から10歳は老けて見えた。
「ええっ、ちょっと待ってくれ。今は困るよ」 本当に困った様子でそう言われて、望は教授の前のケースを見た。そこにはUOと、いくつかの鉢が置いてあった。鉢の中には苔のような緑の植物が生えていたが、元気がないようにみえる。
「教授、その子達元気がないように見えますけど?」 UOでこの鉢植えの植物を元気にしようとしているのなら、その試みは成功しているようには見えない。
「これはね、化石の中から見つかった古代植物のクローンなんだよ。元気どころかこれまであらゆる環境を試しても細胞体以上になったことなどなかったんだ。それが、見てみろ!育ってきている。もう少しで完全体になると思うんだが、どうもここから先がうまくいかないんだ」
「古代植物とおっしゃいますと、いつ頃の?」 プリンスが興味を惹かれたのかケースを覗き込んで訊いた。
「約2億年前だ」
「2億年!」 望が驚いてもう一度鉢の中をのぞいた。
「そうだ、恐竜が歩き回っていたころだぞ。これが如何に重大な事かわかるだろう?」教授は少し得意そうに言って、真剣な顔で望を見た。
「この物体と、君の血液で漸くここまで育ったんだ。今これを持っていかれたら困るのが、わかるだろう?」
「それはわかりますが、僕達も連邦政府との契約があるので…」 望は困ってプリンスを見た。
「教授、とりあえず明日はこれが必要ですので、明日の朝返していただけませんか?明日1日で契約が終わりましたら、こちらに持ち帰って再度お貸ししますので」 プリンスがそう言うと、教授は唸って考えこんだ。それから良い事を思いついたと言うように望を見た。
「望君、君があれを持って、君のオーラとやらをこのケースの中に振りまいてくれないかな?それでうまくいけば、しばらくはあれがなくてもいけるかもしれない」
「ちょっと待ってください、教授。UOと望の関係についてはまだ研究中ですから、UOをお貸しするにあたって、望に教授の実験のためにUOを発動させること要求しない、という取り決めでしたよね?」ミチルが慌てて口をはさんだ。
「しかし、君にだってこれが如何に重大な実験かわかるだろう?もしこれが育ったら2億年前の植物を生きた状態で見ることが出来るんだぞ」
「僕は、やってみても良いと思う」 二人の言い合いを黙って聞いていた望が、決心したように言った。ミチルは何か言おうとしたが望の顔を見て、諦めたように首を振った。
「望がそう言うなら仕方がないけど、教授、もしこれがどういう結果になってもUOは返していただきますよ」 ミチルが赤井教授に強い口調で念を押した。
「わかったよ。望君が実験に参加してくれるなら、これはとりあえず明日の朝返すよ」
「やっぱり明日の朝なんですか」 明日の朝早くここまで来なくてはならない事を思って、ミチルは顔を顰めた。
教授が準備と称してもう数個の鉢をケースの中に入れた。
「じゃあ頼むよ」 教授の合図でケースの中に置かれていた白い物体を軽く握った望は、眼を閉じて自分のエネルギーをその中に流し込み、そこからケースの中の植物に広がっていくことを想像した。何度か経験したせいでスムースに出来るようになっている。いつもはここでマザーの子供達と繋がるのだが、意識的に繋がりをブロックした。
「望、もう良いと思いますよ」 しばらくするとプリンスがそう言って望の肩に手を置いた。
「教授、UOは今日返していただいても大丈夫ですよね?」 ミチルが教授にそう言った。
「あ、ああそうだな」 心ここにあらずと言った感じで教授が頷いている。
望がケースに目をやるとケース一杯にシダのような葉をつけた木々が生い茂り、ケースが壊れそうになっていた。




