255.信じる事
「おじいさま、ラストドリームのプログラムの中ではなんでも自分の思い通りになるのでしょう?それならなにもお話を作ってあげなくてもいいのではありませんか?夢の中で好きなように生きれば、自分の望む結果になるのだから、バックグラウンドを用意してあげるだけでいいでしょう?僕がストーリーまでプログラムをする必要はないのではありませんか?」
「何かあったのか、望?」 どことなく元気のない望の顔を見て、祖父の亜望は心配そうに尋ねた。
「他の教室の子が、望にラストドリームの事をあれこれと言ったのよ。私がぶっ飛ばしといたわ」何も言わずに下を向いた望の代わりにミチルが答えた。
ミチルの言葉を聞いて祖父ははちょっと困ったような顔をした。望は8歳位だったろうか。イメージ作りの才能を見出され、ラストドリームの作成にかかわりだした頃だ。
「プログラムがどうして必要か、という質問だったね。もし、その人が、必ず自分は成功する、世界は自分の思うようになる、と信じているならね。それができればラストドリームのなかではなんでも叶う。でも、自分が夢の中にいると知らないのに、それほど自分を信じる事ができる人がどれだけいると思う?」
「信じるだけで夢は叶うのですよね?」 望は首を傾げた。それほど難しいことだろうか。
「そうだね。望は何かこうなったら良いなと思う夢があるかい?」
「う~ん、プリンスやリーと一緒に火星のお父様とお母様のところに遊びに行きたい」望は、しばらく考えてからそう言った。
「そうか。それじゃあ望はそれが近い将来実現する、と心から信じることはできるかい?」
「近い将来、ですか?無理だと思います。僕が生きているうちに行けるかどうかもわからないですよね?あっ、そうか。信じられない僕はラストドリームのなかでもその夢を実現することはかなわないんですね?」納得した望に祖父は頷いた。
「そういうことだ。ラストドリームは使用者の脳と直結しているから、その人の願う通りにストーリーを展開して行く、とは言うものの、ほとんどの人間は物事が自分の思い通りにならないことを知っていて、むしろ思うようにならないことを信じている。だからこちらでプログラムの筋書きを書いてあげないと駄目なんだ。大体の筋書きと最終結果を確定しておくことによって後は使用者の脳が辻褄の合うようにプログラムしていくわけだ。幸せなラストドリームを見るには、夢だと疑わせない現実感のあるプログラムが必要だ。だから望のようにリアルにイメージを描ける者は貴重なんだよ。望のお陰でたくさんの人が幸せな最後を迎えている。幸せに死ぬということは本当に難しいことだから、私達の仕事はとても意味のあることだと私は信じている」 祖父はそう言って望の頭を優しくなでた。
「望、着いたわよ」 乱暴に揺すられて目を開けるとミチルが覗き込んでいた。子供の頃の夢を見ていたらしい。
「ミチル、有難う」 望はふとあの頃、ミチルが家の仕事のことで自分を馬鹿にした子供たちを軒並み叩きのめしていた事を思い出した。望が頼んだわけではないし、ミチルの好戦的なところはちょっとどうかとは思っていたが、ミチルのお陰で面と向かって望を蔑む者はほとんどいなくなったのは確かだった。
「どうしたのよ?」 いきなりお礼を言った望に怪訝そうにミチルが訊いた。
(
「ちょっと子供の頃の夢を見たんだ。ミチルが僕をかばってくれた時のね」
「何を今更。子供の頃だけじゃないでしょ」ぶっきらぼうに言いながらもどことなく照れた様子でミチルが言った。
「信じること、か」 望は小さく呟いた。




