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253.助け合いネットワーク

その夜、誰かに呼ばれたような気がして望は目を覚ました。


『ハチ、今何時?』


『現地時間で午前2時です』 声に出さずに訊いた望にハチもまた音にせずに答えた。


 随分早い時間だが、完全に目が覚めている。考えてみると昨夜は疲れて食事もせずに眠ってしまった。望はゆっくりと起き上がって物珍しそうにあたりを眺めた。壁は一見丸太を組み合わせて作ってあるように見える。勿論本物のはずはないが、手触りから匂いまで本物そっくりだ。


 保護区の中にある宿泊施設は数世紀前のログハウスを模していた。部屋からは建物の周りを囲んだベランダに直接出る事が出来るようになっている。手早く着替えた望はベランダに出てみた。保護区の中だけに辺りは暗く、遠くにかすかに見えるのが多分ロサンゼルスの明かりだろうか。空は曇っていて月も見えなかった。この辺りは高い木々に囲まれている。眠る木々の心地よい寝息(?)と、かすかに聞こえる山に住む者達の声に幸せな気持ちになった。ベランダに置かれたロッキングチェアに腰を下ろして目を閉じ、山の声に耳を傾けた。昨日の死の大地のような場所の後では生き物に溢れたこの森に殊更癒されるような気がして、少しうとうとする。このまま眠っても良いな、と思った望の頭に、かすかな声が聞こえた。


『助けて』 慌てて目を開けて周囲を見渡すが、周囲のすべては眠っているようだ。


『誰?』


『助けて』 声は微かで方角も定かではない。でも、木であることはわかった。


『お母さん?』少し眠そうなカリの声がして、カリが望の側にやってきた。


『カリ、聞こえる?』 


『いびきが聞こえるの』 カリがそう言った時、もう一度助けを求める声が聞こえた。


『助けて』


『聞こえたの』


『どこから聞こえるか、わかる?』


『さっきお母さんが助けてあげたお馬鹿な子達なの』


『さっき?ああ、昨日の木?どうしたのかわかる?』 望の問いかけにカリが考え込んだ。


『どうしたのかはわからないの。助けてしか言えないの。お馬鹿だから。でも、とても困っている』


「それじゃあ、いかなくちゃ」 そう言って立ち上がった望の肩を誰かが掴んだ。


「どこへ行くつもり、こんな夜中に?」 そこには不機嫌そうなミチルがいつの間にか立っていた。


 ミチルに事情を話し終わる頃にはプリンスも現れ、素早く連邦政府の役人と連絡を取り、数人が同行してもう一度昨日の場所に行くことになった。置いていくと後が大変だろうというプリンスの意見で赤井教授も同行することになった。望と違い寝入ったばかりらしかったが、異常なテンションの高さで、寝不足のためか不機嫌なミチルが一層疲れたような顔をして教授を見ていた。


『助けて』 昨日の場所に近づくと声は一層はっきりと聞こえた。それはカリが言ったように昨日望が生き返らせた数本の木から発せられていた。 ライトで照らして木の状態を見ると伸びた枝から出た緑の芽が少し萎れているように見える。


「どうしたの?」望は幹に手を触れながら尋ねた。


『助けて』 


『助けてだけじゃダメなの。どうするのか言うの』カリが少しいらだったように訊いたが、戸惑ったような感じがするだけだった。

 望はふと思いついていつかの老木に心を向けてみた。かなり近くにいるはずだ。


『僕はこの前お会いした人間の天宮望ですが、覚えてますか?眠っていらっしゃるところ、ごめんなさい。聞こえますか?』


『ああ、覚えとる。わしに元気をくれた、変わった人間じゃったな。近くに来ているな。また来るか?』


『あ、はい。また伺います。今日は近くの山に弱った若い木がいて、それを助けに来てます。でもどうしていいのかわからないんです。貴方と同じ種類の木だと思うので、話を聞いてあげてくれませんか?』


『若い木?成程…』しばらくして老木の声が聞こえた。


『お前さんに助けて貰ったんじゃな。だが、貰った力が抜けていくようだ。わし達は繋がっているから普通なら助けられるはずだが。その子達のいるところだけ繋がりがないようだ。だから折角お前さんが力をくれてもまた弱ってきているようじゃ。わしも、周りの皆も力をやりたいが、うまく繋がらん。今は、少しは繋がるようじゃが大した助けにはならんだろう』


『どうしてか、わかりますか?』


『それは、わからん。じゃが、他でもそんなところはある』


『どうしたらいいのかわかりませんか?』


『わからん。わしらの力より強い力がいる。お前さんのような。だが、お前さんにずっといて貰うわけには行かんのだろう?』


『それは、ごめんなさい。ずっとは無理です』望は申し訳無さそうに答えた。


『わかっとるよ。わし達と違って人は動き回らないと生きていけんからな』 老木は同情するように言った。


『そうですね』苦笑いしながら望は同意した。


『強い力、ですか…』 望はアカの事を考えたが、いやそれは駄目だ、と首を振った。確かにアカならここでも生きられるだろう。だが、他の木はどうなるのか?アカが地球上の他の木と共生できるかどうかはまだわかっていない。


「待てよ。そう言えばマザーが言ってたっけ、あの子達は何時か助けになるって」マザーの言葉をふと思い出した望は目を閉じてマザーの子達に呼びかけた。彼らの殆どは順調に大きくなっている。それぞれの成長については研究所でモニタリングを続けている。研究所で収集した葉や幹の一部を研究しているが、いまのところわからないことだらけだ。望には彼らが今まで考えられてきた意味での生物なのかどうか、と言う疑問があったが、彼らが生きていることは間違いない。生きて、成長し、しっかりした意識がある。彼らを見ていて「生きている」とはどういうことなのだろうか、と考えさせられた。それはさておき、エネルギーそのもののような彼らなら、なんとか出来るかもしれない、と思った。


『望様、なにかご用ですか?』 彼らは何故か望に様をつけるので止めさせようとしたのだが、どうやらカリが暗躍したらしく、全員望様と呼ぶので諦めた。


『もしあまり負担でなければ、皆でこの地域の木に力を貸して欲しいんだけど、駄目かな?』 望のお願いを聞いた彼らはすぐに了承してくれた。


『私達は皆仲間です。望様が繋いでくだされば私達の力を繋げます』 それを聞いた望は目を閉じて以前カリとハチを繋いだ時のように辺りの木と、マザーの子供たちを繋いだ。カチッと何かがハマったような感覚がして、遠くにいるマザーの子供たちと眼の前の木々が繋がって、一体となったような気がした。目を開けると目の前の木の芽はどんどん大きくなって次々と緑の葉をつけていた。昨夜まで灰色だった周囲の土から草の芽が顔を出し始め、緑が広がり始めていた。真っ暗だった空が濃い紫色になり、やがて東の空が赤くなる頃、灰色の大地は緑の草原へと生まれ変わっていた。

 

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