第2部 1. ミチルの葛藤
第2部です。ここから漸く望と仲間たちが活躍?
若い人たちの精神が研究に耐へ得ないやうな形式に當てはめられることは、小さな問題ではない。 (マハトマ ガンジー)
9月3日 京都 天宮邸
「ミチル、リーに謝ったら?」望がミチルの顔色を伺いながら言った。
昨日、望の祖父の家でしばらく話し合った後、プリンスは外せない約束があるとのことで帰っていった。リーは、ドージョーに行くなら自分も練習したいと言って、望の家に泊まることにした。
リーと、いやがる望を連れて柳家のドージョーへ行ったミチルは、妙に機嫌が悪く、散々望を”訓練”と称していたぶったあと、リーと練習試合をした。ミチルの機嫌は望の”訓練”程度では回復しなかったらしく、リーを相手に、通常の試合では反則負けするような奇手を繰り出し、リーの「まいった」という声を無視して痛めつけたのだ。
「超常回復があるんだからこれくらい平気でしょ」というわけだ。回復しても痛いものは痛いだろうに。
これにはさすがのリーも腹を立てたらしく、今朝から顔を合わせてもミチルとはろくに口をきこうともしない。
「もし謝るのがいやなら、少なくとも仲直りするようミチルの方から口を利いたらどう?」
このままではどうにも望がいたたまれない。
「なんて言えばいいのよ。」ちょっと考えてから、渋々と言った様子でミチルが聞いてきた。
「うーん、そうだ! 何かリーの良いところをさりげなく褒めてみるとか」誰しも褒められて悪い気はしないだろう。
ミチルは腕を組んで考えた。
「いいところね~。何も思いつかないわ」ミチルがあっさりとあきらめて言った。
「そんなことないだろう?」
「例えばどんなとこよ?」
「成績が良いし」
「私の方が良いわ」さほど違わなかったような。
「運動能力も素晴らしいじゃないか」
「私には負けるけれどね。他にはないの?」
「う~ん」望は困った。
「ほら、望にも見つけられないじゃない」
「そんなことないよ」ないはずだ。
「え~っと、すごく物知りで、いつもいろんなことを教えてくれるし」リーの情報網は本当にすごい。
「それは望にだけでしょ」そうだっけ?
「それに、丈夫で怪我してもすぐ治る」 これは絶対にミチルに勝ってる、とやりきった感を出して言い切った望。
「それ、言っていいのかしら」呆れたように言うミチル。
「それに、怪我なんてするのは弱いからよ。私は怪我なんかしないし」
「そんなこと言ってたら仲直りできないじゃないか。昨日のアレはどう見てもミチルが悪いよ」もう何も思いつけない望がムウっとして開き直った。
「大体、何を怒ってるのさ、ミチル」
「別に怒ってなんていないわ」
「柳のおじさんに、なにか言われたの?」望はちょっと考えて、心配そうに聞いた。ミチルの父親は、強くてとても優しいが、時々ミチルにすごく厳しい事がある。主に望に関する場合だ。そのため、望はミチルに罪悪感を持ち続けてきた。ミチルのちょっとした八つ当たりに文句を言えないのも、そのせいだ。 もちろん、ミチルが怖いのもあるが。
「別に。ただ、これからのマスター望の護衛が、私だけで大丈夫なのかと聞かれただけよ」正確には、ミチルだけでは無理だから、他にも護衛をつける、と言われたのを、望のそばでの護衛は自分だけで大丈夫だ、と答えたのだ。他の護衛は望のわからないところでするようにしてくれと頼んだ。望がいやがるのがわかっているからだ。父は渋々同意してくれたが、くれぐれも油断しないようにと言われた。
そう、ミチルは怒っているわけではない。少し、焦っているかもしれないが。父親の描いてみせた望の敵になりそうな組織と、その軍事力は、いくら学生ではずば抜けている、といっても今の自分では太刀打ちできそうにもない相手だ。本当に自分だけで望を守れるのか、しかし、その役目を人に任せることなどできない、などという思いがぐるぐるとして、落ち着かないのだ。つい、打たれ強いリーにあたってしまったことは、まあ、悪いと思っている。しかし”手下”に謝るのはどうも示しがつかない、などと、どこかの親分のようなことを考えているミチルだ。