251.不毛の大地
10月初めの週末、連邦政府との契約を履行するためにグリーンフューチャー研究所の一行はカリフォルニア州中部の飛行場に降り立った。望はいつもの小型ジェットで行くつもりだったが、同行希望者が多く、結局中型のジェットになってしまった。飛行場は前回と同じで、自然保護区のそばにあるため、近くに緑の森林が見える。ここからは3台の車に分かれて地上を行くことになっている。
「あのお爺さんは元気かな?」 望は前回話した樹齢数千年のパインツリーを思い出していた。
『この間お母さんから元気を貰ったから、大丈夫。またお昼寝してる』 望の呟きに、専用キャリアーに載ったカリが答えた。カリは少し大きくなったので望のバックパックを卒業して自動走行する専用のキャリアーを作ってもらったのだ。最初は望がカリを持ち運ぶための車だったはずなのに、ハチがカリに言われて改造して、いつの間にかカリの指示で自動走行する車になっていた。一体どうやった、と頭を抱えた望だが、自分の車ができたカリが大変ご機嫌なので諦めた。
「良かった。それにしてもこんなに緑が多い保護区の中に木が育たないような土地があるなんて不思議だね」誰にとも無く言う望に、プリンスを押しのけて望の横に乗り込んで来た赤井教授が答えた。ミチルはしっかり望をはさんで反対側の座席を確保していた。プリンスは諦めたように向かい側に座った。
「年々世界中に砂漠が増えているのは知ってるだろう?殆どは昔発展途上国と呼ばれた国なんだが、何箇所か、何故植物が育たないのか原因不明の場所がある。これはむしろいわゆる先進国と呼ばれていた地域に多いんだ。砂漠化の原因は地球温暖化や気候変動による気温の上昇や干ばつ、乾燥化などの気候的要因と過剰な森林の伐採や過開墾、許容量を超えた開発などの人為的要因があるが、この人為的要因はここ100年ほど、ほぼ制御されている。それなのに、突然植物が育たなくなる地域が現れて、それが年々増えている」
「そうだったんですか?砂漠化については勿論知っていますが、それ以外に植物が育たなくなる土地が増えていることは知りませんでした」
「まあ、この件については原因がわからないから政府もあまり知られたくないんだろう」
望はふとあの老木が言っていた警告のことを思い出した。誰かがそこは危ない、と言ったらしい。何か関係があるのだろうか?
「望、どうかしましたか?」 考え込んでいるとプリンスが心配そうに訊いた。
「何でもないよ。どうしてかなあって考えてただけ」望は顔を上げて慌てて答えた。
「政府が調べてもわからない事を望が考えてもわかるわけないでしょ。余分なことに頭を使わない方が良いわよ。望は余分なことに使えるほど頭が良くないんだから、今日の仕事ができなくなるわよ」
「!?」 ミチルの言葉にムッとしかけたが、どうやら望を心配しているらしいと気が付いて言葉を飲み込んだ。先日倒れた時、ミチルはかなり心配したらしくまだ過保護気味なのだ。
「到着しました」 先導していた車が止まり、連邦政府の事務官がそう言って辺りを示した。それは緑の中にぽっかりとあいた異様な空間だった。灰色の大地に、枯れて黒くなった細い木の幹だけがまるで何かのオブジェのように立っていて、それが余計にこの空間の異様さを際立たせていた。
「あの木は火事で燃えたのですか?」 火事の後に植林したと言ってなかっただろうか?
「いえ、あれは植林した木です。何度植林してもすぐにあのように立ち枯れてしまうのです」望の質問に政府の研究機関から来ているという科学者が答えた。土壌検査をしても原因がわからないのに、毎年少しづつ周囲に広がっているのだと説明された。
まだあまり広い区域ではないが、その異様さに体が震え、思わず隣にいるカリの葉に触れた。
『カリは大丈夫?何か変な感じはしない?』検査ではでない毒素でもあるのだろうかと心配になってカリに問いかけた。
『カリは平気。変な感じはしない。でも…どんな感じもしない』少し躊躇ってから、カリはそう言った。
『何も感じない?いつもは何か感じるの?』
『いつもはたくさん感じるの。うるさいの。でもここは何も感じない』カリにそう言われて、望は改めて辺りを見回した。異様な風景に驚いて他の事に気が付かなかったが、改めて周囲を見ると、カリの言っていることがわかるような気がした。マナリですらわずかに感じられた大地の力が感じられず、冷たいのだ。
「天宮君、どうした?」 望の横に張り付いていた赤井教授が顔色を変えた望を見て、心配そうに訊いた。
「この土地には、全く力が感じられないんです」
「土地の力?」 赤井教授が思案するように考え込む横で、政府機関の科学者が怪訝そう望を見た。
「この一帯の土地は栄養豊かなものに全て入れ替えてある。土壌には問題がないはずだ」 そう言いながら望を疑うような顔をした。上からの命令で望達を案内したが望達がここに植物を成長させることができるとはとても信じられない、と思っていた。
「そういう問題ではないのですが…僕にできるかどうかわかりませんが、とりあえずやってみます」望は決心したように言うと皆に少し離れるようにと言った。




