250.言うべきか、言わざるべきか
翌朝、望達はリトリートの中に設けられた研究所の会議室に集まっていた。
「まず最初の議題は北極で発見された古代の実から成長した木、通称アカ、についての対応です。赤井教授から報告していただきます」 ウィルソン所長に促されて赤井教授がアカが地球外生物であるとの結論に至ったデータを示した。
「ご存知のように、これまで探索された範囲で地球外生命体存在の証拠は見つかっていません。もしアカが地球外生物であると認められたならば、世界を揺るがすニュースとなります。しかしこの生物の生存力の強さもまた問題になるでしょう。まず、この発見を公開するかどうかが問題です。もし公開した場合アカに対する処置については我々の手を離れる可能性が高いとシュミレートされます」 赤井教授に続くウィルソン所長の言葉に望は手を握りしめた。
「公開しなかった場合、何かデメリットがありますか?」 プリンスが質問した。数人の出席者が顔を見合わせた。やがて代表するように一人が答えた。
「地球外生命体を見つけることは長い間人類の悲願でした。太陽系の端まで行っても微生物の化石さえ見つけられないでいるのに、このように完全な形で見つかったとなるとこの方面の研究は飛躍的進歩を遂げるでしょう。そのような情報を隠蔽することは科学の進歩に対する罪、ではないでしょうか?」
「アカが地球外生命体である、というのは今のところ仮説にすぎません。情報を公開することによって真偽の確定がスピードアップするかもしれませんが、反面妨害があることも考えられます。私はもう少し確認がとれるまでこの研究所内だけにとどめておいたほうが良いと思います」ウィルソン所長はそう言うと赤井教授を見た。
「私は研究が続けられるならどっちでも構わんよ。公開してうるさくなったら研究の邪魔だろうしな」教授はいつも通りだ。ウィルソン所長はプリンスと、それから望を見た。
「望はどう思いますか?」 プリンスが望を見た。
「アカのことは本当なら確かに重要な情報で、科学の発達を考えれば公開した方が良いんだろうとは思うけれど…でも、僕はアカのことが心配なんだ。アカは知性のある生物で、今はまだ子供だけどやがてもっと成長すると思う。それを実験動物のように扱うことは、とても許されないことなのにそうなる可能性が高いと思うと、この事を皆に知られるのは怖い…だから少なくともアカに状況を理解してもらい、どうすべきか話し合うまでは他に情報を漏らさないで欲しい、です」ためらいがちに自分の気持を述べた望に所長は頷き、何人かは驚いたような顔をした。望がアカと話し合えることを知らなかったのかもしれない。
「アカが子供?あのサイズで?」 ミチルが呟いた。
「大きさじゃなくて、意識だよ。話していると子供のように感じるんだ。それでも最初の頃より随分成長しているからもう少しすればもっとわかりあえると思う」
「私は望の意見に賛成です。アカが地球外生命体であろうと、そうでなかろうと私達はまずアカの将来を決めなくてなりません。アカが地球の生態系を壊さずに生きていけるように準備してから情報の公開を検討するべきだと考えます」 プリンスの言葉に殆どが賛成の意を示し、アカについての情報公開はとりあえず見送りとなった。望はほっと息をついた。
「それでは、次に連邦政府から要請のあった荒れ地の活性化についてですが、天宮君の体についての懸念もありますので、1ヶ月に1箇所となりました。どこから始めるかについてはこちらに任せるとのことですので、天宮君に同行する所員のローテーションも含めて話し合いたいと思います」ウィルソン所長の言葉に同行を希望する所員達が騒ぎ始めた。赤井教授の声が一番大きいようだ。
「望、回る順番に希望はありますか?」 プリンスが他人事のような顔をして騒ぎを眺めている望に訊いた。
「希望?別にないけど」
「望はどうせリストをろくに見てないでしょ」 ミチルがそう言って目の前にリストを展開した。
「僕は別にどこからでも構わないから…あれ、カリフォルニアが入っているけど、あの辺りにもそんな土地があるの?」
「そこは数十年前の山火事の後、いくら植樹しても枯れてしまうと聞いています。あまり広い区域ではないのですが死の山と言われているとか」 プリンスがリストを見て答えた。
「これってこの前行った自然保護区からそんなに遠くないよね?」 望はお爺さんのブリストルコーンパインを思い出した。
「皆が良ければ最初はここに行きたい」




