247.また仕事が増えた
不毛の大地がたった一日で緑の草原に変わったことは、アルハンを訪れていた観光客によって、アルハンの奇跡としてあっという間に世界中にひろがり、大きなニュースになった。アルハン情報局の関係者は望の名前を漏らすことはなかったが、現地のスタッフが望を救世主だと呼んでいるのが知られ、この件に望が関係しているのではないかという噂が流れた。そこから最近ミステリースポットとして話題になっていたマナリに望達が行っていたことも知られてしまった。そんなニュースが出たところで、ハワイ島の観光客が火山がいきなり緑に覆われたことを思い出した。グリーンフューチャーの広報係はすべて憶測に過ぎない、と否定していたが、世論はすっかり望か、グリーンフューチャーが何らかの新技術を発明したのに違いないという結論に落ち着いた、という。
「それで噂の真偽を確かめるために望が呼び出されたんだけど、幸い望は眠っていたし、医者から無理に目覚めさせてはいけない、という診断書も出たから代わりにプリンスが出かけてるのよ」
「迷惑かけてごめん。じゃあプリンスに連絡して、僕も行ったほうが良いよね?」申し訳無さそうに言ってプリンスに連絡しようとした望をミチルが止めた。
「望が行ったら余計にややこしくなるから、プリンスも望が起きてもしばらく内緒にしておくように言ってたわ」
「それはそうかもしれないけど…」 躊躇う望にミチルはマナフルーツを詰めたバスケットを手渡した。
「とにかくシャワーを浴びて、何か食べなさい。メディカルロボを連れてくるから、詳しい話はメディカルチェックが終わってからよ。私は望の護衛で、子守じゃないんだからあんまり手間をかけさせないでよ」妙に甲斐甲斐しい事が気まずかったのか、ミチルは乱暴にそう言って部屋を出て行った。
1時間後、シャワーを浴びて着替え、マナフルーツでお腹を満たし、メディカルチェックで異常なしと診断された望は、ミチルと共にちょうど帰って来たプリンスと3人で芙蓉の花が咲く庭園を見ながらコーヒーを楽しんでいた。プリンスは難しい顔をして帰ってきたが、美しい庭園を眺め、いつもの優しい微笑みを浮かべた。
「この庭はいつ見ても心が洗われますね」 プリンスの言葉に望が頷いた。大昔から変わらず保たれた庭は四季折々の草花が咲いて、古いものと新しいものが上手に混ざっている。彼らに教えられることも多々ある。
「それで、何を言われたの?」 しばらくしてから、望が訊いた。
「いろいろ言われましたが、簡単に纏めますと、マナリの件もアルハンの件も我々、というか望が関わっていることは確証がとれているようです。まあ、これは仕方がないです。連邦政府の大多数は我々が革新的な技術を開発したのにそれを何らかの理由で秘匿しているという見解ですね。ごく少数が望に特殊な能力があると主張しているわけです。この連中はこの間のGE疑惑を持ち出してあの時のDNA検査が甘かったのではないかと言ってるようです」
「まだそんなこと言う人がいるわけ?いくら調べたって望はGEじゃないんだから何も出て来やしないわ」 ミチルが馬鹿にしたように言った。
「ええ、勿論そうですが、面倒なことは確かです。尤もさっきも言いましたようにそれはごく少数で、大勢はこちらが新技術を隠してそれで大きな利を得ようとしている、という意見です。世界のためになる技術を公にしないのは問題であるが、強制することは難しい。だが社会的にこれが広く知られれば、世論はグリーンフューチャーに厳しく当たるだろう、と言われました」
「それは、そうかもしれないよね」望は困ったようにプリンスを見た。
「なにそれ、脅しじゃないの」ミチルは憤慨した。
「それで、妥協案として言われたのは、幾つかの地域をこの技術で開発して欲しい。それに対する適切な対価は支払うし、技術の内容については秘匿しておいて構わない、とのことです」
プリンスがそう言ってため息をついた。
「幾つかの地域?どこか聞いた?」 望は夢のマザーの言葉を思い出していた。
「殆どがここ数百年の環境変化で砂漠や荒野になったところです。詳しいリストは、すぐに送ると言っていましたが、望の体の事を考えると私は賛成しかねます」プリンスはそう言うと望を見た。
「僕は元気になったから心配しないで。一度にあんまり広いところでなければ多分大丈夫だと思う。荒れた大地を元に戻すことが、どういうわけか僕にできるならやるべきだ、と思うんだけど」 マザーはもう少し頑張れ、と言った。
「望ならそう言いそうな気がしました。しかし、今度は絶対に無理をしないように、こちらで予定を組みます」 プリンスはため息をついてそう言った。




