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244. 奇跡?

 ゲルは外からは昔風の白い巨大な円形テントに見えるが中は近代的だった。中央に共有部分があり、外壁に沿って仕切られた個室が1ダース程ある。自分に割り当てられた部屋に入った望はベッドに座ってからハチに呼びかけた。


「ハチ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「はい、望様」 ハチが執事姿で現れた。


「僕の護衛の事なんだけど」 そう言ってからどう聞いたらいいのかちょっと考えた。


「護衛の詳しい内容の報告が必要ですか?以前に任せるので必要ないとおっしゃいましたのでご報告していませんでしたが」ハチはそう言って首を傾げた。


「そんなこと言ったかな?あ、いいよ。ハチがそう言うなら、言ったんだろうし、別に詳しい内容の報告は必要ないよ」 ハチが望の命令記録を見せる前に慌てて付け加えた。AIと記憶について言い争うほど無益なことはない。


「ただ、僕、全然気が付いていなかったから驚いたんだよ」思い出してみると、マックから遺産を受け継いだ時、ハチに危険だから護衛をと言われて任せると言ったような気がする。あの頃は護衛と言うのはミチルのように側にいてあれこれとうるさく行動を制限するのだろうなと思ったから、あまりうるさくなければそれでいいと言ったと思う。その後ミチル以外の護衛が側に来ることもなかったし、それで特に危ないこともなかったのですっかり忘れていた。結局ミチルだけで良いことになったとなんとなく思っていた。


「望様の目につかないことがご希望と思いましたのでそのように手配しましたが、変更した方がよろしいですか?」


「そういうわけじゃない。僕が気が付かないように護衛してくれてるのは有難いと思うんだ。ただ、今まで護衛されているのを知らなかったというのが、なんていうかショックだったんだ」 うまく自分の気持ちを表現できなくて望は口を噤んだ。ハチが困った顔をして首を傾げた。その動作は自然で人間らしい。


「とにかく、護衛は今のままで構わないけれど、もし何か変更があるときは僕にも報告してね。というか、一体何人ぐらいの護衛がついているの?」 それ位は知っておいた方がいいだろう。


「それ程多くはござません。ここは見晴らしも宜しいですし、現在地上はステルスタイプのAIが 8体のみ。後はステルス1機のみで、ステルスにはリー様を含めて6人とAIが4体です。場所によりまして人数が増えますので、今後はご報告いたしましょうか?」


「そうだね、じゃなくて…リー? ステルス? リーは学校があるからって先に日本に帰ったんじゃないの?」


「ステルスの実技のためだとおっしゃっていました。特に危険はないと判断致しました」自分の護衛にそんなものが使われていたのか。


「もしかして、プリンスの護衛もステルスからだったりするの?」 ふと思いついて訊いてみた。いつもプリンスの護衛はどこにいるのだろうと思っていたのだ。


「はい。プリンス オルロフには常に2機のステルスがついております」 当然と言う顔をして答えたハチに望は諦めて寝ることにした。




「えっと、お待たせしました?」 早朝眠そうに外に出た望は、モリを始めとして昨日紹介された一団が全員既に勢ぞろいしているのを見て驚いた。


「すいません。皆興奮して早くに目が覚めてしまったものですから。朝食は召し上がりますか?」モリが苦笑しながら訊いた。


「いいえ。僕達はもう済ませましたから」 望達は持参したマナフルーツで朝食を済ませていた。


「では、でかけましょうか!」モリが嬉しそうにそう言った。望は不安そうにプリンスを見てから、決心したように頷き、プリンスが持っている箱の蓋を開け、中から白い物体を取り出すと遠くに見える木に向かって歩き始めた。続こうとした皆を望が止めた。


「ここからは、僕が一人で行った方が良いと思うので、僕があの木に着くまで待っていてください」


 早朝の空気が冷たかったがすぐに体が暖かくなって来た。冷たい風が心地よい。望はハワイの研究所で言われたことを思い出していた。この物体の中の何かが望のエネルギーを増大するらしい。この広大な地域全部を覆うイメージで思い切りエネルギーを注ぎ込みながらゆっくりと歩いた。額が汗ばみ、少し歩みが遅くなっているのが感じられた。背後で何やら声が聞こえたような気がしたが、今はただ、前方で待っているあの木までたどり着かなくては、と思った。


 プリンスは高原の中を一人で歩いて行く望を見ていた。隣に付いて行こうとしたのを望に止められたミチルが不満そうに立っている。望の姿がかなり小さくなっても大地には変化がなかった。失望する声が聞こえ始めた。ミチルが不満そうな声を上げた男を睨んだ。プリンスはミチルの腕を押さえて微笑んだ。


「大丈夫ですよ」


 その時だった。すべての大地から白い靄が立ったように見えた。次の瞬間小さな芽が一斉に伸びて来た。早回しのイメージのように小さな芽が伸びていく。見渡す限りの地表に緑が広がっていく。


 呆然とそれを見ていた人達がすぐに騒ぎ始めた。

「奇跡だ」 モリは黙って涙を流していた。


「もうすぐあの木に着きますね」 周りの喧騒を無視してずっと望の姿を追っていたプリンスがそう言って歩き出した。望は、自分があの木にたどりつくまで待て、と言ったのだ。ミチルも黙って歩き始めた。その時2人の目に望が倒れるのが見えた。


 




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