242. 不毛の大地
指定された飛行場はアルタイ山脈の西側にある高原にあった。今日は晴天で真っ青な空を背景に連なる山々は見る人を敬虔な気持ちにさせた。目線を下ろして地面に視線をやるまでは。
「これは…」痛ましそうに顔を顰める望に、プリンスが同意した。見渡す限りの大地は赤茶けて草一本生えていなかった。その大地の彼方に大きな木が一本立っていたが、葉はなく、むき出しの枝が寒そうだった。
「これ程とは私も思っていませんでした」 サテライト画像は見ていたが、実際に見るとまるで死の大地のようだ。
飛行場にはモリが数人の部下を連れて待っていた。そのなかには先日一緒に捕まって、解放された男もいたがミチルを見て青ざめ、顔を引きつらせていた。ミチル、一体何をしたんだろう?こちらの希望でこの一帯は立ち入り禁止とし、秘密を守れる、信用できる人間だけを同行させることになっている。
「とりあえずあの木のところまで行ってみていいですか?」 望はそう言って遠くに見える大木まで歩いた。どこまで行っても雑草も、小動物の気配もなかった。
『僕の声が聞こえますか?』 木にたどりついた望はその干からびて黒ずんだ幹にそっと手を当て、声をかけてみたが、返事はなかった。エネルギーを流しながら数回呼びかけると、かすかに意識を感じた。眠りから覚めるようにゆっくりと意識を開く感覚がした。
『誰だい? もうここには誰もいないと思っていたよ』
『僕は今日ここに来ました。どうしてここには誰もいなくなったのか、知っていますか?』
『わからない。ここで時が流れるのを見ていた。止まることの無い心地良い流れに微睡んでいた。気が付かなかった。いつの間にか小さき者達の声が聞こえなくなっていた事に。大地は変わらずあるのに誰も居なくなってしまった。気が付かなかった。何もしなかった。誰も助けられなかった。もう終わろうと思っていた』 深い寂しさと、後悔が流れ込んで思わず木から手を離した望は膝をつきそうになった。
「どうしたの?この木に何かされた?」 後ろに立っていたミチルが望を支えると警戒するように木を見た。
「大丈夫だよ。どうしてこうなったのか聞いてみたんだけど、知らないみたいだ」 望はミチルを振り返ってそう言うと、もう一度木に手を当てた。
『あなたの言う小さき者達は眠っているのでしょうか?それとももういないのですか?』
『しばらくは眠っていたのかもしれない。今はもういない。誰もいない。段々力が無くなって行った。だが気が付かなかった』
『それでは、あたらしい仲間を連れてきても良いですか?』ちょっと考えてから望はそう訊いた。
『新しい仲間?それができるなら、いましばらく待つよ』大木はそう言うとまた眠ったようだった。
「どうやらこの高原には生きている種や根は無いようです。この辺りでもともと繁殖していた植物の種を蒔いていただくことはできますか?」 望はモリ達を振り返って訊いた。
「ああ。私達も種を蒔いたり、苗を植えたりしてみたんだが、全く根付かなくて諦めたんだ。まだ種はたくさんある。すぐに持ってこさせるよ」
望が木と話しているのは聞こえなかったはずだが、モリは望を期待に満ちた顔で見るとすぐに部下に命令した。
『カリ、この辺りはどんな感じ?大丈夫?』 モリ達が準備をしている間、望はバックパックに収まっているカリに訊いてみた。もし望達に感じられない何かがあるのだとしたらカリならわかるだろう。
『少し、変な感じ。カリは大丈夫』
『変なの?どんな感じかな?元気が無くなったりしない?』
『カリはお母さんがいるから大丈夫。元気なの』
『僕がいないと危ないの?』
『カリは強いから大丈夫なの。でも、お母さんがいた方がもっと大丈夫』
どうも要領を得ないが、どうやら何か違和感があるようだ。
「どうしたの?」 難しい顔をしている望にプリンスが問いかけた。
「良くわからないんだけど、この辺りは少し変だってカリが言うから、うまくいくかなと思って。何だかすごく期待されているようだから」
「マナリよりかなりひどい状態ですからね。あまり期待しないように言っておきますから、望が責任を感じる必要はありませんよ」プリンスはそう言って望の肩を軽く叩くと、モリ達の方に向かった。
「そうよ。あんなことをされたのにここまで来て上げただけで感謝して欲しいわ。文句なんて言ったらただじゃ置かないから」 ミチルがそう言ってくれて、望は少し気が楽になった。




