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238.カリは枕

「望、また寝てるの?」 リトリートに作られたマザーのレプリカに寄りかかって目を閉じていた望の前にミチルが立っていた。


「寝てないよ。ちょっと目を瞑っていただけだよ」 眠そうに目を開けた望をミチルが疑わしそうに見下ろしている。


「何か用?」ちょっとむっとしてそっけなく訊いた。今朝はなんだか落ち着かなくて早朝に目が覚めてしまったのでまだ眠いのだ。この木の幹は柔らかくて頭をあずけるとクッションのような感触がするので最近の昼寝場所として望のお気に入りだ。


「ジェイソンからの報告によると、早朝研究所に侵入しようとした者がいたそうよ」


「侵入?ハッキング?」


「いいえ。物理的な侵入よ」


「それで、大丈夫だったの?何か被害はあった?」すっかり目が覚めた望は慌てて立ち上がった。この研究所のセキュリティは一流のはずだ。今まで建物の中に入ったものはいない。


「大した被害じゃないけど、海側からの侵入でセキュリティロボットが1体やられたわ。この頃前にも増してハッキングの企てが多いけど、ここの研究所は外部からは侵入できないから、内側からと思ったんでしょうね」 


「誰だったの?」


「それが逃げられてしまったのよ」 ミチルが苦々しい口調で言った。


「逃げられた? よっぽどの凄腕だったんだね」 ここのセキュリティに見つかって逃げおおせたとはと、望が感心していると、セキュリティチーフのジェイソンとプリンスがやってきた。


「失礼いたします、今朝の侵入者についてご報告します」 ジェイソンが望達を見てから、報告を始めた。ミチルから聞いた通りで、侵入者は午前3時過ぎに海側の崖から侵入を企て、セキュリティロボットに見つかり、捕獲されそうになったが、ロボットを倒し海に潜って逃走したということだ。


「今ミチルから聞いたところですが、セキュリティロボットがやられるなんて驚きました」


「はい。侵入者はロボット5体と人間2名と思われます。ロボットは攻撃特化型、人間も異常に身体能力が高いと思われます」 


「ロボット5体!まるで襲撃だね。どこからかわかるの?」望の質問にジェイソンが首を振った。


「現在調査中ですが、もしあの人間がGEであるなら、相手は限られますから直に判明するかと思います」 自信ありげにジェイソンが請け合った。


「念の為にセキュリティの強化をお願いします」 プリンスがそう言うとジェイソンは頷いて出て行った。




 今朝のざわざわした感じは侵入者のせいだったのかも、と思いながら部屋に戻った望にカリが声をかけた。


『お母さん、お母さん、ちょっと来て』何だか嬉しそうだ。


「どうしたの、カリ?」


『ここに座って』 カリが自分の前に座れと伝えてくるのでカリの鉢の前に腰を下ろした。


『あっちを向いて、カリにこうして』 カリがイメージでカリに凭れるように促してくる。


「そんなことしたらカリがつぶれちゃうよ?」


『カリは強いから大丈夫』 


 カリがどうしても、と言うので仕方なくそっと凭れかかってみると、どういうわけかふわふわとした枕に受け止められているような感じがする。驚いて後ろを振り返るとカリはすべての枝を片側に寄せていて、それぞれの枝には柔らかい葉がまるで緑のクッションのように繁っている。望が上半身を預けても大丈夫のようだ。


「凄いね、カリ」いつのまにこんなことが出来るようになったんだろう?


『お母さん、気持ちいい?お昼寝できる?』


「とっても気持ちが良いよ。でもカリは大丈夫なの? 重いでしょ?」 


『カリは強いから大丈夫なの。これであの木のとこでお昼寝しなくていいの』 どうやらカリは最近望がリトリートに行ってお昼寝しているのが気に入らなかったらしい。望はカリを満足させるために少しだけ体を預けることにした。


 30分後、望と昼食をとろうとして部屋にやってきたプリンスが見たのはふわふわとした緑色の葉に包まれてぐっすり眠っている望の姿だった。

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