237.ミステリースポット
「マナリが最新のミステリースポットとして大騒ぎになってるぞ」 グリーンフューチャー植物研究所(リトリート内)の庭で数人で朝食を摂っていると、リーがやってきて席に座るなり、面白そうに言った。
「ミステリースポットって何なの?」 ミチルが首を傾げた。
「僕は世界の七不思議なら聞いたことがあるけど、それみたいなものかな?」 柔らかすぎて形が決まらないゼリーのようなものをスプーンで食べていた望が言った。
「七不思議は全部古い建物とかその跡地だろ?ミステリースポットは世界中にある原因のわからない現象がみられる場所だ」
「今どきそんなところがあるのかしら?」 ミチルが疑わしそうに訊いた。
世界中に人間が満ち溢れている現代、不思議な現象の見られる場所なんてあるのか、とミチルは懐疑的だ。ミチルはコーヒーを飲みながら普通のバナナを食べている。普通、といってもグリーンフーズが以前に開発した少し緑色で栄養価が高く、腹持ちが良いものだ。これ一本で朝食になる、というのが売り文句だったはずだ。結構人気があったが最近はすっかりマナフルーツに押されている、と以前グリーンフーズの植物研究所所長としてこれを開発したウィルソン所長が複雑な顔で言っていた。ちょっと熟れていないバナナのような固さがあるが、ミチルはこの歯ざわりが好きだ。
「世界のあちこちにあるミステリーサークル、曲がった森、ナスカの絵の謎もまだ解明されていないだろ、それにこのマナリの草原が加わったそうだぜ。たった一日でヒマラヤ山脈の不毛の大地すべてが緑の草原に変わった、と言う話になってる。今世紀の謎ナンバーワンになりそうだな」 リーは望の食べている正体不明の物を興味深そうに見ながらそう言った。
「全てって、なんでそんな話になったんだろ?あのあたり一帯だけなのに」 望が不思議そうに言った。
「噂は大袈裟になりやすいですからね。しかしそんな噂が広まるとそれを解明しようと人が集まりそうで、困りますね」 プリンスが紅茶のカップを下ろして言った。
「早めになんらかの発表をすることも考えたほうが良いかもしれませんね」ウィルソン所長はそう言ってプリンスを見た。 所長は朝早くから研究室にいたので休ませるためにプリンスが朝食に誘ったのだが、なかなか研究から離れられないようだ。今も望と同じ謎の物体をスプーンで口に運んでいるが、望と違って小さなカップを沢山並べ、一口食べる毎にLCになにやらメモを取らせている。
「UOについての研究は進んでいますか?」 プリンスが聞き返すと所長は顔をしかめた。
「私にはオーラなんて見えませんからね。ただ、天宮君のエネルギーがあれをトリガーとして膨れ上がる、と想定してこれまでの実験結果を見ると辻褄が合います。原因についてはまだ解明できておりませんが、天宮君が与える影響の範囲を、UOを用いて調整する事には成功しています。原因の解明ができておりませんので、この効果が永久に続くのか、それとも時間がたてば消えるのかもわかっておりません」 そう言って次のカップの物体を口に運んだ。何やら満足気に頷いてLCに記録している。
「それではどう発表すべきか、困りますね。ドミニク、どう思いますか?」 プリンスは楽しそうに望やカリと話しているドミニクに意見を求めた。先日のマナフルーツによるインヒビター打ち消し効果事件は彼の方針に従ったことにより無事に乗り切れそうだ。何か良い意見がでるのではないかと期待してしまう。
「ミステリースポット、というの良い案じゃとわしは思うがな」 ドミニクは意味ありげにリーを見てそう言った。それを見てはっとしたようにプリンスとミチルがリーを見た。
「リー、貴方何かこの騒ぎに関係しているの?まさか貴方が情報を漏らして噂を蒔いたんじゃないでしょうね?」 ミチルが思い切りリーを睨んだ。リーが思わず目を逸らした。
「そう言いなさんな。説明できない事は、より大きい話にしたほうが信じ難くて、すぐにただの噂話になると言うもんだ。望君が出向いたことは隠せんだろうが、真面目に事実を発表してケチをつけられるより、曖昧な返事で、知らん顔をしてミステリースポットを増やした方が危険は少なかろう。うちでわからないんじゃ、どうせ誰に調べられてもわかりゃせんのだろ?」 ドミニクにそう言われて所長が苦笑いして頷いた。
「成程、そうですね。ではこの件は当社や望との関係を訊かれても否定も肯定もしない、と言う方針でいきましょう」 プリンスがそう言うと全員が頷いた。ミチルはまだリーを睨んでいたが。
「おい望、その気味の悪いものはなんだ?」 話は終わったとばかりにリーが望に訊いた。
「気味が悪いって失礼だなあ。マナフルーツを病人用に柔らかくできないかって言われたんで作ってみたんだよ。良かったら食べて意見を聞かせて。見た目はあれだけど、味はそう悪くないと思う」 望が横に置かれたカップを指した。
「病人食?俺はちょっとパス...」 と言いかけたリーの目の前にミチルが1ダース程のカップを置いた。
「変な噂をばら撒いている暇があるならこっちの実験に協力してね」ミチルが微笑んでそう言った。リーは諦めてスプーンを掴んだ。




