26.エピローグ
望の命が狙われた理由がわかりました。プリンスはわかってたみたいですが。
エピローグ
西暦2452年 9月2日 07:00
ネオ東京メトロポリス
「グッドモーニング、ライズ アンド シャイン、ノゾム」
望は2ヶ月ぶりに自分のアパートで目を覚ました。
ハチは祖父が貸して欲しいといって強引に持って行ってしまい、相変わらずナナのちょっと気取った声で起こされた。
朝食を摂りながらナナの見せるニュースは、どれもアンダーワールドの影の支配者の死と言う話題である。
マックはまだそんなに実権を握っていたのだろうか。彼の質素(といっても彼の資産に比べれば、というだけだが)で平穏な暮らしを見てきた望には、どうも大げさに騒ぎすぎているようにしか思えない。
望はマックに関するニュースを除くようナナに命じた。
マックを思い出すのはまだ辛かった。
今日から学校が始まるし、仕事もしないといけない。
しかし、今入っている予約をこなしたら、当分仕事は休もう、と思った。
いろんなことがありすぎて報酬の事を考える暇もなかったが、契約では望個人に規定料金と同額のボーナスが支払われる事になっている。
そうなれば、税金を支払っても、もしかしたら卒業までの学費を全額支払えるかもしれない。そうでなくてもしばらくは仕事を休めるはずだ。
予定より遅れたが、バーチュアルクラスで車のライセンスをとろうか。気を引き立てようと楽しい予定を考える望にふと、翼竜の背から見下ろした緑の草原が心に浮かんだ。
その途端、まるでこのアパートにいることこそが夢のように感じられた。それもあまり楽しくない夢。
ミチルは、昨夜父親に呼ばれて実家に泊まっており、今朝はそこから直接登校する予定である。
久しぶりに、一人でのんびり並木道を歩く。両側の桜並木が緑の葉を揺らして、少し重い望の心を癒すように囁いてくれる。木々を眺めてわずかに心が軽くなってくるのを感じた。
望がクラスに入ると皆が一斉に望を見た。
プリンスが慌てたように望の腕をつかんでクラスの外に引っ張り出して、階段の下の観葉植物の陰に連れていく。どこか懐かしく思われるシーンだ。
そこへリーとミチルもやってきた。
「何かあったの?もうすぐ始業時間だよ」
「そんな事より、本当なのか?」リーが怒ったように訊いた。
「何が?」
「望がアンダーの支配者になるって話よ」ミチルが面白そうに答えた。
「はあ?何で僕が?それに支配者?アンダーには支配者なんかいないだろ?」
全く朝からわけがわからない。
「今朝のニュースで、アンダーの影の支配者、マック ウォルターがすべての財産をHappy Death Corp.の社長の孫、天宮望に譲っていったという情報が流されています。アンダーの政府代表は肯定も、否定もしていませんが、かなり確実な情報だという話です」プリンスが心配そうに言った。
「それはデマだよ。通常料金の2倍で契約したんだ。確かに高額だけど、それがマックの全財産のわけないだろ」
「望、南極で君が狙われた時、もしかしたら、とは思ってましたが、まさか全財産とは」とプリンス。
その時、望の端末が受信を知らせた。望の祖父からだった。
「望。今どこにいる?」
「学校です」
「ああ、そうだったな。今日は授業に出ないで、こちらに来てくれないか。学校には私の方から連絡しておく」
「どうしてですか?」
「わけは会ってから話す」それだけ言うと通信が切られた。
「私たちも行くからね」
プリンスが3人を代表するように言った。
20分後、4人はプリンスの車で、京都にあるHappy Death Co.本社ビル屋上についた。 ここの隣が祖父の自宅だ。エレベーターを降りると祖父と一緒に社の弁護士が待っていた。
祖父は望の友人達を見てちょっと顔をしかめたが、仕方がない、というように肩をすくめると皆に座るように促した。
「今朝のニュースは見たか?」
「さっき車の中で見ました。とんでもないデマですよね。これだけ大騒ぎになってしまったら、少しでも早くはっきり否定しないと困った事になるでしょう? アンダー政府は何故否定しないんですか?何か企みでもあるんでしょうか?」
「望、彼らが否定しないのは、それが事実だからだよ。肯定しないのは、こちらの出方を待っているからだと、私は思う」
「事実?」
「ミスターウォルターは、殆どすべての財産、利権を望に残していった。いや、残していった、というのは正しくないな。彼は死ぬ一月前、7月にはすでにすべての財産を望の名義に変更していたらしい。変更にかかる費用もすべて支払われている。法的には誰にも意義を申し立てる余地はない。この中には経済界に強い影響を及ぼす利権も多い。正直16歳のお前には難しいだろう。アンダーの政府からは、買取りたいとの申し込みが来ている。それも仕方がないのではないかと私は思う。望がアンダーの政治に関わるのが良いこととは私には思えない」
一ヶ月前、というと南極での一件があった頃だ。人が来るからと、望達に南極見物を勧めて、とんだ事をしていたらしい。
「ここに財産目録があります」
弁護士が望の端末にデータを送った。
皆にみえるようにホロスクリーンを大にして、次々と流れていく目録を見ながら望はマックとの最後の別れを思い出していた。ノゾミではなく、望としての。
満足そうな、微笑み。そして最後の悪戯っぽい言葉。
本当に、彼は、この世界の未来を望に託していったのだろうか。望にできることはあるのだろうか。
「少し考えさせて下さい」
望たちは黙って本社ビルをでると、祖父の家の裏庭に歩いた。
子供のころ、ミチルとよく遊んだ(いじめられた?)広い裏庭はそのまま低い山に繋がっている。
大きな桜の木が緑の葉を繁らせて涼しい木陰を作っていた。
木陰で立ち止まった望は皆を振り返った。
「どうしたらいいと思う?」
「まず護衛を増やすべきよね。私だけではとても無理」ミチルがつぶやいた。
「ウルフズアイランドが入ってる。あそこには他には生存していない動物が何十種類もいるんだよ。マックが守ってきたんだね。マックは望に自分の守ってきたものを託したんだろう。望ならそれができるさ」プリンスが優しく言った。
「リー?」望は一番現実的な友人を見た。
「どうするって?これだけあったら世界制覇だよ!」
望がマックの資産を受け取ることを皆が受け入れてしまっている様子にため息をついた望にミチルが言った。
「望、今日は稽古の日よ。もうドージョーに行きましょう」望はミチルと共に週3回柳家のドージョーに通っている。
「稽古?」
「少しは自分の身を自分で守れるようにならなくちゃ。いつも私がついてるわけにもいかないのよ」
「ミチル、望はこれから大変ですよ。今日ぐらいゆっくりしたいでしょう?」
恨めしげな声を上げた望を見て、プリンスが口をはさんでくれた。
「あんまり甘やかすと躾によくないから」
ミチルはプリンスに、望には見せたことのない上品な笑顔で言った。
「躾って何さ」
ミチルににらまれて文句を飲み込んだ望は、ため息をついて桜の木に抱きついた。
「ミチルがいじめるよ」
子供の頃、時々やったように老木に甘えてみる。
いつも優しく慰められている気がして落ち着くのだ。
プリンスとリーが笑った。
次の瞬間、ミチルが驚いたように息をのんだ。
望が目を開けると、頭上には満開の桜があった。
第一部終了です。夏休み(オリンピック休み)を戴いてから第二部始めます。