232. アトゥールの願い
「会話中のオーラってあるんですか?」
「会話に限らず意思の疎通をしている時は相互に流れがあるのではっきりわかります。天宮君がその木を包んでいたオーラを引っ込めたので、怯えたのですね?」 望が頷くと、アトゥールはすまなさそうにカリを見た。
「私がお願いしたせいで、怖がらせてすいませんでしたね」と優しい声でカリに話しかけた。
『許してあげるけど、もうお母さんにそんな事をお願いしたら駄目だよ』 カリが答えたが、勿論アトゥールには聞こえない。
「私に話しかけていますよね?オーラの動きでわかります。なんて言っているのですか?」 アトゥールは望を見て、目を輝かせながら訊いた。望はカリが言ったことを伝えた。お母さん、という言葉ははぶいた。アトゥールはカリにわかりました、と言ってもう一度謝った。
「それで、先程おっしゃった僕に関係があること、とはなんでしょうか?」もっとカリの事を聞きたそうにしているアトゥールに、どこまで話してよいかわからなかった望は、とりあえずここに呼ばれた理由を訊ねた。
「そうでしたね。肝心の事を忘れるところでした」 漸くカリから目を離したアトゥールは望に目を向けた。
「昨日の夕方キラウエアの麓へ散歩に行ったのですが、溶岩が固まった道の一箇所だけがきれいな草むらになって花まで咲いていました。ここへ来てからあの道は何度か通ったのですが、昨日までは他と同じ殺風景なところでした。そして咲いている植物のオーラが通常のものと少し違っていました」
「植物にもオーラがあるの?」 ミチルが疑わし気に訊いた。
「はい。生きている者すべてにオーラはあります」 アトゥールはミチルを見て微笑みながら答えた。
「それで、どう違っていたのですか?」アトゥールの用件があの不可思議な草花達についてだと知った望が探る様に訊ねた。
「そうですね。うまく説明できないのですが、通常の草花のオーラに加えてキラキラと光る何かが混じっているような感じでしょうか」望の質問にアトゥールは、少しもどかしそうに答えた。
「それがどうして望と関係があると思われたのかしら?」 再びミチルが質問した。
「以前研究所を視察させていただいた時、遠目に天宮君を見たのですが、その時見た彼のオーラと似ているように思ったからです」
「オーラって、それで判別できるほど一人ひとり違うのですか?」 それだとずいぶん多くの色がなくてはいけないことにならないだろうか?
「そんなことはありません。似たような色の人は多いし、同じ人でも色々な要因で変わりますからオーラだけで個人を判別することはまず無理です。ただ、僕はこれまで君のようなオーラを見たことがなかったから、それに似たオーラを見てすぐに君を思い出しました」
「僕のオーラ?そんなに変わった色なんですか?」
「そうではなくて、普通は濃淡はあっても色が見えるはずだが、君のには色がない。透明だ」
「それって望にはオーラとやらがないだけじゃないの?」 ミチルが訊いた。
「すべての生き物にはオーラがあります。それに天宮君のオーラは透明だが、キラキラと輝いているので、見間違いようがありません。まるでダイヤモンドに包まれているようです」 アトゥールは望の周囲を見つめると眩しそうにした。
「ダイヤモンド?」 ミチルも望をじっと眺めたが、諦めて肩をすくめた。何も見えなかったらしい。
『そう。お母さんはいつもキラキラしてるの。一番きれい』 何故か少し得意そうにカリが言った。
「その輝きが、あそこの草花のオーラに混じっていました。それでライ君に無理を言って君に会わせてもらったわけです。僕は君がどうやってあの草花をたった一日で咲かせたのかを知りたいのです。教えてもらえませんか?」 アトゥールはそう言って祈るように望を見た。望はなんと答えたら良いかわからずにミチルとリーを見た。あの白い骨のことはまだ研究所内だけの機密事項だ。
「僕があの場所に草花が生えた事に関係があるかどうかはまだ調査中ではっきり申し上げられないのですが、アトゥールさんは何故、それに関心を持たれたのですか?」
「私は旧インド地区のヒマラヤ山脈の麓に住んでいます。ご存知かと思いますがこの地域は世界一多種多様な植物、動物が生存している地域でした。それがここ100年程年々絶滅してしまう種が増加しています。私達は絶滅危険種の保存のためにできるだけのことをしているのですが…」 言葉を切って辛そうな顔をしたアトゥールに望達は頷いて共感した。
「あの場所にはほとんど生物のオーラを感じることができませんでした。そのような荒れ果てた場所にあれだけの力強いオーラを持つ植物を育てることができる人なら、絶滅しそうな植物を助けられるのではないかと思うのです」 アトゥールはそういうと望に数枚の紙を渡した。そこにはヒマラヤ山脈で絶滅を待っている多くの植物の名前があった。




