230.旅立ち
あの日、友とこの惑星から子供たちを移住させることに同意してから100年ほどが過ぎた。これまでもこの星の周囲を探検することはしてきた。しかし、いつ終わるかもわからない長い旅に耐える設備を開発するのに時間がかかった。動かざるもの達との協力で漸く半永久的に宇宙を旅することのできる船とシステムを完成させることができた。これで子供達を未来に向けて送り出せる。
年々少しづつ地上の環境は劣悪になって行く。もしかしたら予想した数千年は持たない、という科学者もいる。残念なことに海に住む者たちは移住に賛成しなかった。多分海中では地上ほど環境の悪化を感じていないせいだろう。彼等にも手遅れになる前に決心して欲しいが、強制はできない。各船に数十人づつの人とそれぞれのパートナーとなる木の組み合わせが乗り込み、新天地を求めて旅立った。後どのくらいの間、みんなを送り出す事が出来るだろうか? 1000年は無理だろう。200〜300年だろうか?それで全ての子供達を送り出せるだろうか?私はここで友に看取られて行く事が出来るから幸せだ。しかし、私の友は誰に看取られるのだろう?私の友は長く生きる。そして誰よりも丈夫だ。もしかしたら地上で生きられるものがいなくなる日を一人で迎えるかもしれない。
『お母さん、お母さん』 カリの呼び声で目を覚ました。
「カリ、どうしたの?」目を開けると目の前が霞んでいる。
『お母さん、悲しい?』 カリに言われて自分が涙を流していた事に気がついた。目を擦ると部屋には明るい日が差していた。
「大丈夫だよ。哀しい夢を見ただけ」
『哀しい夢?お母さんが哀しい?』
「僕は大丈夫。ただの夢だよ」 そうだ。僕ではない誰かの夢。
望は昨日、やはり血を取られた。望の何がトリガーになるのか調べると言って所長は赤井教授のような顔になって研究室に籠ってしまった。白い骨(?)は元通り箱に納められた。望はもう少しあの不思議な感覚を味わっていたかったのだが、皆に止められた。
「今何時だろう?」部屋の中には陽光が差し込んでいる。
「こちらの時間で午前7時25分でございます」ハチが答えた。
「もうそんな時間?何か予定があったかな?」
「予定はございませんが、ミチル様が現在この部屋に向かっていらっしゃいます。後10秒で到着されます」
望が慌てて起き上がるのと同時に、部屋がノックも無しに開いた。
「あら、起きていたの?」ミチルが少しがっかりしたように言った。
「部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるだろう?」望が文句を言うとミチルに鼻で笑われた。
「いつも寝てるくせに」
「それで、何か用?」 ミチルと言い争うのは諦めた。
「ああ、そうだったわ。リーが望を連れてホテルまで来てくれって」
「ホテルに?こんなに早く?何かあったの?」リーは今政府の幾つかの機関からの代表をもてなすために麓のホテルに滞在している。
「知らないわ。とにかく来てくれって、何だか興奮してたわ」
「わかったよ。10分で準備するから」
「それじゃあ私は車を用意しておくわ。余計な事で時間を無駄にして私を待たせないでよ」ミチルは意味あり気にカリを見てから急いで部屋を出ていった。望は急いで身支度を済ませると少し考えてから、カリの鉢をナップサックに入れて部屋を出た。




