25. 望の目覚め
「望、起きろよ、こんなところで寝るんじゃないよ」
乱暴に体をゆすられてぼんやりと目を開けた。
「望?どうしたんですか?なぜ泣いているの?」プリンスが心配そうに望の肩を抱いて覗き込んいる。
「プリンス?生きていたの?」思わずプリンスに抱きついた。
「何を寝ぼけているの!」急いで望をプリンスから引き離したミチルが頭をはたいたが、痛いほどではない。あきれた顔をしているが心から心配しているのが感じられた。モニターでピクリとも動かない望を見て、心配になり、護衛を振り切って押し入ったらしい。護衛が入り口で頭を抱えているのが見えた。
「夢、だったんだ」
それともこれが、夢だろうか。
途中から記憶にある世界こそが夢だと信じ始めていた。
マックの入ったカプセルの表示を見ると、ほとんど終わりかけていた。
しかし、望の脳には50年分近い記憶があった。プログラムを止めてマックを起こしたい衝動に駆られた。しかし、プログラムの終了まであと数分である。今プログラムを止めたら、命が助かってもマックは廃人だろう。望は黙ってマックのラストドリームの終了を待った。
マックの事だもの。きっと、自分の良いようにプログラムを終了させているに違いない。きっと、大切な人たちは皆助かって、幸せに大往生しているに違いない、そう自分に言い聞かせながら。
バイタルサインを確認していた医師のエルロイが、プログラムの終了と同時にマックの死亡を告げた。
「自然死ですね。機械からの介入はありません」
マックの顔は安らかで、笑みを浮かべていた。幸せな最後だったのだ、と望は思った。そう信じたかった。
(さよなら。”父さん”)
「マックの夢に同調した?」 リーが疑わしそうに言った。
その夜、漸く4人だけになれた部屋で、望はマックのラストドリームの世界にいたことを話した。
「ラストドリームは基本はバーチュアルリアリティだろ?インターフェイスなしで同調できるはずはないだろう?」
「インターフェイス?」
望は耳につけたサファイア色の宝石に指を触れた。少し熱いように感じる。
「そうか、これのせいかも」
「50年過ごしたなんて、すぐに医者に見てもらわないと。後遺症がでるだろう?何か変わった事はないかい?」プリンスが心配そうに望の顔を見た。
「そういえば、何だかミチルがきれいに見えるんだけど」隣に座るミチルを見て、望が首をかしげて言った。
「柳さんはもともときれいじゃないか」とプリンス。ちょっと頬を染めるミチル。
「それはさておき、もしかしたら性インヒビターの効果がなくなったのかもしれない。主観的時間の経過が現実の脳にどう影響するかは、はっきりわからないが、異性が突然前よりきれいに見える、というのならその可能性が高いと思うぜ」とリー。 (ミチルがきれいにみえるとか、危ないぜ) 何故かミチルに睨まれた。
望は全員の顔を見渡した。
「でも、ミチルよりプリンスの方がもっときれいになったみたいだけど」
プリンスがちょっと顔を赤らめ、ミチルが望の腕を思い切りつねった。
望は皆にできる限り、ラストドリームの世界であったことを話した。
全部ではないが。
プリンスと結婚したのは、内緒だ。(やっぱりちょっと、ね)
彼らなら望の体験を馬鹿にしないで聞いてくれると信じたからだ。
「それじゃあその木は宇宙人、いや宇宙植物ってわけか」
「種の記憶を持ってはいるけど何千万年も昔のことで、どこから来たのかははっきり覚えていないらしい。6500万年ほど前にこの地球に来たのは確かだよ」
「K-T境界線の隕石落下時ですよね。隕石と一緒に落ちてよく生き延びられましたね」
「乗っていた宇宙船が巻き込まれてもう助からないとわかったとき一緒に旅していたパートナーがマザー達の種を脱出ポッドに乗せて発射してくれたそうだ。それで衝突地点からは離れた、今のアフリカ大陸あたりに落ちたんだ。マザーの種は苛酷な環境でも生きられるように改良されていたけど、隕石と一緒に地上に衝突していたら間違いなく跡形も無くなっていたに違いないよ。マザーによるとあの衝突は幾つかの次元で同時に起こったんだそうだ。その衝撃で次元に穴が開いて種の幾つかが別の次元に飛ばされた。元の世界に残されたマザーは成木になると衝突後の環境を改善するために、あの環境で生きられる植物を生み出した。そのお陰でマザーのいる地球は衝突の冬の期間が短く、恐竜などこちらでは全滅した種もいくらか生存しているんだ。あまり凶暴な種は淘汰されて、人間とうまく共存しているよ」
望は、かわいがっていた翼竜をなつかしく思い出しながら言った。
「でも、こちらの次元にもマザーの一族の種が飛んだのですよね?それでしたら何故こちらでは75%の種が全滅する状況になったのですか?」
「マザーもこちらの世界のことははっきりわからないようだけど、こちらに飛ばされた種は無事では無かったと言ってた。何とか芽は出して成木にはなったけどはっきり交信できないほど弱っていたそうだ。
マザーの世界にまた隕石衝突が起こったとき、マザーに協力して衝突の瞬間にこちらに人々を飛ばす手出すけをしてくれたけど、もうそれで全力を使い切ってしまったって。その後は全く交信できなくて生きているのかどうかもわからないみたい」
「それで、望とマックはその異次元から来た人間の子孫だというわけなの?」
「僕だけじゃなくて、ミチルもそうだよ」
「私?私はそんな夢を見たことなんてないわ!」
「僕はマザーの瞳と言われて、もともとマザーのパートナーだった人の遺伝子を受け継いでいるので、マザーと話せるらしいんだ。ミチルの祖先は、あちらの次元の人類で、代々マザーの瞳のガーディアンを勤めていたんだって。次元移動の時に、まだ生まれたばかりだった僕の祖先をガーディアンの息子が連れてこちらに渡った。その男の子がミチルの祖先だよ」
「それじゃあ、望は宇宙人の子孫ということか!」
「遺伝子の一部だけだよ。あとは生粋の?地球人なんだからね」
妙なこだわりを見せる望。
「いつ頃なのかわかりますか?」プリンスが考え込みながら聞いた。
「5万年ほど前だと思う」マザーからの記憶もその辺りははっきりしないけど、と望。
「じゃあ、うちは5万年も望のお守りをしているの?」何故か憤慨するミチル。
「もっと長いだろ。こっちに来る前からガーディアンだったんだから。百万年とかな」
リーがまじめな顔で請合った。
やっぱり遺伝子に組み込まれていたんだ、とミチルが肩を落とした。
望は宇宙人の子孫だったらしい