222. 途切れた通話
その夜、望はハワイ島の自室で、大きな窓から夜の海を眺めていた。月のない夜で何も見えないが、少し荒れているような波の音が聞こえる。なんだか胸がざわざわして落ち着かなかった。
「望様、ハーブティーをお持ちしました」ハチの声がして、給仕ロボットがティーセットを持って入ってきた。
「有難う、ハチ」給仕ロボットからカップを受け取って、ハチに言った。
「どういたしまして。良くお休みになれるように安眠効果のあるハーブをブレンドしてございます」
「そう?有難う、助かるよ。疲れているんだけど、なんだか眠れなくて」今朝海でマザーの声を聞いてから、望は何度かマザーに呼びかけてみたが返事はなかった。あの時はいつものように完全に眠っていたわけではない。でもあの声はやけに近く聞こえた。すぐ隣にいるように思えた。
『マザー、聞こえる?』 ハーブティーの効果か、少し眠くなってきた望はもう寝ようと思いながら最後にもう一度だけマザーに呼びかけた。
『ノゾミ、今日は起きているのね?』 面白がるような柔らかい声が聞こえた。
『マザー!』 やっとはっきり意識のある時に声を聞くことが出来た。
『ノゾミ、私の子供達を無事に育ててくれて有難う』
『マザーの子供達を育てているのは僕じゃないよ...それぞれ別の人に育てて貰っているから』
『わかっているわ、ノゾミが育てられる人間を見つけてくれたことは。皆とても満足しているみたい』
『それならよかった。マザー、前から言いたかったんだけど、ノゾミは夢の中の名前で、僕の名前はノゾムだよ。ノゾミは女だったけど、僕はノゾム、男だよ』
『どちらでも同じ事よ。でも、ノゾムと呼んで欲しいならそう呼ぶわ。私達にとって名前は大した意味はないの』
『それじゃあ、ノゾムと呼んで。ここでは皆そう呼ぶんだ』
『わかったわ。もうあんまり時間がないようね...あの子達が大きくなったらノゾムの力になるわ。きっとノゾムの力を取り戻せる...それまで...』 声が遠くなった。
『マザー?僕の力って何? 取り戻すって...』慌てて話しながらもマザーとの繋がりが途切れた事を感じた。
「マザー?」 ほんの短いコンタクトだったが、なんだかすごく疲れたような気がして、望はベッドに横になった。
次に気がついた時には眩しい朝日が部屋に溢れていた。
「望、起きなさい! 今日こそまともに泳いでもらうわよ」 そして既に水着の上にパーカーを羽織っただけのミチルが待ち構えていた。




