220. 望とプリンス、どちらがもてる?
大学の講義が始まって忙しい時期にウィルソン所長が連絡してきた。地下果樹園に植える苗は望が選別したこともあって、地下でも順調に大きくなり、立派な木になるまで数か月しかかからなかった。しかし、その後はいくらエネルギーを与えても固いつぼみがついたまま、花を開かず、従って実もならないという。他の植物を地下で育てる時と同じようにフルスペクトルの人口太陽光を使っているので環境的には問題がないはずで、原因がわからないので、一度望に来てもらえないかと頼まれた。丁度忙しい時期だったのだが、カリに訊いてみてもどうしてかわからない、というので週末に果樹園を訪れたのだ。
「元気?」 望は果樹園の木の一本に訊ねた。確かに固いつぼみがついているだけで、花が開いている木は一本もない。
『お母さん、嬉しい。元気』
「もう花が咲いても良いころだと思ったんだけど、まだ咲かない?」
『お母さん、お花が見たい?』
「それは勿論見たいよ。どんな花が咲くのか楽しみだな」 望がそう言うと周囲の木がフルフルと震えた。
『じゃあ、お花見せてあげるね』 そう言うと周囲の木々が一斉につぼみを膨らませ、早回しのホログラムのように様々な色の花が開き始めた。白から、薄桃色、薄紅色、真っ赤な花が混じり、望は思わずため息をついた。
「凄い!きれいだね」 望が驚いて見とれているとどの木も嬉しそうに花を揺らした。
『お母さん、私達きれい?』 ちょっと得意そうに別の木が訊いた。
「みんな、凄くきれいだよ」 望はそう言ってからちょっと首を傾げてすべての木を見渡した。
「でも、どうしてこれまで花を咲かせなかったの?花が咲かないと、実も生らないでしょ?」
『だって、カリが』一本の木が少し言い淀んだ。
「カリ?カリがどうかしたの?」 望は驚いて訊いた。
『お母さんはきれいな木が好きだから、カリが一番好きだって』 カリ、何を皆に吹き込んでるんだ?後で少し話をしなくちゃ。
『カリはきれいだけど、私達も花が咲いている時はカリに負けない。カリは花が咲かない』
「それで僕に花が咲いているところを見せてくれるために待っていたの?」
『そう。花が咲いたらカリに負けない』
「そうだね。君達皆本当にきれいだよ。カリと同じくらいきれいだから、これからも花を咲かせてね。それに美味しい実も楽しみしているよ」
『わかった。美味しい実をつける』
「有難う。楽しみにしているね」開いた花の周囲では人工授粉のためのロボット蝶々が無数に舞っていた。鮮やかな黄色の羽を震わせて飛び回るその姿が花びらの間に見え隠れする様子は幻想的で美しかった。
「結局カリが皆に余計な事を言ったせいだったんだから、僕の方がウィルソン所長に迷惑をかけたと思うよ」
「どの木も望が大好きだからしょうがないですよ。私のダイも望が撫でると凄く嬉しそうにしますからね。ちょっと妬けます」 ダイというのはプリンスが育てているマザーの子だ。
「ダイはプリンスが大好きじゃないか。というかプリンスの木は皆プリンスが好きすぎて離れたがらないよね」 プリンスが育てた苗は大きくなって永住する場所を見つける頃になってもプリンスから離れるのを嫌がるのでなかなか大変だ。もっともプリンスとは言葉を交わせないので、もっぱら望に文句を言ってくる。それを宥めるのがなかなか大変だ。ダイはプリンスとかなり意思の疎通ができるようなので、自分でプリンスに文句を言って欲しい、と望は密かに祈っていた。
「そうですか?なんだか皆望が来るとすごく嬉しそうにしている気がするのですが」 プリンスが首を傾げているが、それは皆プリンスと離れたくない、っていうお願いを僕に訴えられるからなんだよ。




