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24.夢の終わり


 「踊っていただけませんか、プリンセス?」


 広場で踊る民衆を眺めながら大きな木の下に座っていたノゾミに誰かが声をかけた。 


 「有難う、でも私は、」


 断ろうと顔をあげたノゾミの前に埋もれた記憶のなかの顔が微笑みかけていた。


 「プリンス!」


 慌てて立ち上がったノゾミに、遠い記憶の中の親友と同じ、輝く金髪に深い青の目をした青年が微笑みかけた。


「お会いするのは初めてだと思いますが、私の事をご存知とは光栄です」


「あの、いいえ。昔の友人に良く似ていらっしゃるので間違えました。ごめんなさい」


「そうですか。私に良く似たお友達?この国の方ですか?」


 プリンスがちょっと怪訝そうな顔でノゾミを見た。


 東大陸では金髪の人間を見ることは殆どない。


「いいえ。遠い国の方です」 


 懐かしい顔を見上げ、忘れかけていた夢の記憶が鮮やかに甦った。


 あれが夢ではないとしたら、これはノゾミ、いや望の記憶に違いない。それとも、これが現実で、ノゾミは彼を夢に見たのだろうか。


「では、改めて自己紹介させてください。私は西大陸のニア国の第2王子ヴァンと申します。この度は父の代理でプリンセスの成人のお祝いに伺いました」


 自分の中にある友人としてのプリンスの記憶に惑わされながらも、女の子として育ったノゾミはプリンスに惹かれ、一目でノゾミに恋したというプリンスの求婚をためらいながらも受け入れた。


 マックは結婚なんてまだまだ早いと反対したが母さんが賛成したのでしぶしぶ同意し、ノゾミの成人の祝いからわずか3ヵ月後に、盛大な結婚のお祝いが催された。


 式の後二人はプリンスの国に発つことになっていた。


「ノゾミ、ここを離れるのが辛いですか?」


 窓から森の方角を眺めているノゾミを見て、プリンスがノゾミを抱き寄せて聞いた。


「いいえ、プリンスの国に行くのはとても楽しみよ。マザーの子供達もいるし、こちらの様子がわからないわけではないわ」



 マザーの子供達、とノゾミが呼ぶ木々はマザーが直接創造した木々の子孫で、大陸全体に拡がっている。マザーの瞳であるノゾミは彼らを通してどこにいてもマザーと交信することができるので故国を離れるのがそれ程寂しいわけではない。ただ、子供のときからいつも感じている違和感がこの頃強くなってきているような気がするのだ。プリンスを愛していて、これ以上ないほど幸せなのに、時折、誰かの幸せを横から見ているような気がする。まるで、これが誰かの記憶であるかのように。


「プリンスと呼ぶのはもう止めて、名前で呼んで欲しいな」


「ごめんなさい。でも、貴方にはプリンスという呼び名が一番似合っているわ。例え貴方が本物のプリンスでなくても、私は貴方をプリンスと呼ぶと思うわ」


「ノゾミは時々面白い事をいうね。では私もノゾミをプリンセスと呼ばなくてはならないですね。ノゾミは私にとってはいつでもプリンセスですから」


「私のことは、・・・ノゾムと呼んで」


「ノゾム?」


「ええ、貴方だけにそう読んで欲しいの」


「私だけの呼び名?」


 プリンスは嬉しそうに「ノゾム」と呟いた。


 プリンスがノゾムの名を呼ぶと、遠い記憶が鮮やかに蘇るようだった。


 あれは夢なのだろうか。自分は本当は男ではないのだろうか。


 10 年後、プリンスとの間に生まれた女の子もまたマザーの瞳を持っていた。


 アトナと名づけた娘を両親とマザーに見せるためにノゾミは故国へ戻っていた。


 プリンスは国事のために10日後に来ることになっていた。


「アトナ、おじいちゃんだよ」


 マックの喜びはひとしおで、ノゾミの結婚に反対したことなどすっかり忘れているようだ。


 国を挙げてのお祝いの最中に、北の空に見たこともない強い光が走った。まるで世界中の稲妻が一度に落ちたような光景だった。


 人々は不安な面持ちで北の空を見上げた。


 目をあけていられないような光の後からは、真っ黒な雲が信じられない速さで拡がり始めた。


 そして、次の瞬間には巨大な地鳴りのような音が鳴り響いた。


「森へ、マザーのところへ行かなくては」


 ノゾミはアトナをしっかりと胸に抱いてマザーに向かって走った。誰もがノゾミについて走っている。マックはノゾミと母を庇うようにして走りながら、周囲に指令を与えている。


 ノゾミにはこの光景に心当たりがあった。


「マザー、これはマザーが話してくれた隕石の衝突なの?」


「そうです。ちょうどあの時と同じ衝撃です。衝突は北大陸で、北大陸の人類と生物は絶滅しました。西大陸も北側はほぼ絶望です。まもなく黒い雲がすべての地上を覆い、太陽の光が届かなくなるでしょう。灰が空気に混じり、呼吸をすることも困難になります。地上はこれから長い長い冬になります。わたしは空気の浄化のための植物の種を蒔きますが、回復には数万年はかかるでしょう。今回の衝突の衝撃で、別の次元へ飛ばされていた私の仲間とわずかに連絡がとれました。そこではまだこの隕石衝突は起こっていません。できる限りの人をあちらの世界に送りましょう。私の仲間によると、あちらは以前の隕石の被害により殆どの生物が死に絶えたため、人類はまだ数も少なく、原始的な状態だそうです。あなた方と殆ど同じ種族ですから平和に共存できるだろうとのことです。彼女はもう命がつきかけているのですが最後の力で次元の穴を大きくしてくれると言っています。何人を送れるかわかりませんが、時間がありません。急いでください」


 ノゾミからマザーの言葉を聞いたマックは直ちに行動に移った。マックにはノゾミと同様に隕石衝突がどういうことかよくわかっていた。残った生物はまず死に絶えるのだ。


 マックは手短に北大陸で起こった悲劇を伝え、若者を中心に男女同数ずつを選んでマザーの周りに並ばせた。行くのを拒むもの達も多かったが、人類の生存のためにと長老達に諭され、多くのものは黙って従った。


 マザーの周囲の空気が揺らぎ、並んでいた若者達の半分ほどの姿が消えた。


「これが限界です。あと一人、子供でも2人がやっとでしょう。ノゾミ、アトナを連れて行きなさい。アトナにはあなたど同じパートナーの遺伝子がみられるので、私の記憶を託することができます。いつかこの世界が正常になったなら、記憶を呼び覚まして戻ってくることもできるでしょう」


「マザー、私は行かないわ。プリンスもいるこの世界に残って、マザーを助けて少しでも早い回復のために働く」ノゾミは自分の中の誰かが強い意志で話しているのを感じた。


「ノゾミ、プリンスはもう」マックが辛そうに言った。プリンスの国は西大陸の北側にある。


「わかっているわ。一瞬の死はきっとこれからの地獄より良かったと思いたい。でもまだ西大陸の様子が完全にわかったわけではないし、もしかしたらすでにこちらに向かって旅立っていたかもしれないわ」


 一縷の希望があるうちはこの世界を離れられない、とノゾミのなかの誰かが強く思った。


「ノゾミ、アトナを連れてお前も行きなさい」マックがもう一度強く言った。


「いいえ、私はここでマザーの手助けをしなくてはなりません。そうすればもしかしたら生き残れるもの達もいるでしょう」


 マックは黙って頷いた。


「でもアトナは行かせて頂戴。ミチルが一緒なら、きっと守ってくれるでしょう。アトナが生きていると思うだけで十分です。ミチルがついていてくれれば安心です」


 ノゾミは、まだ9歳になったばかりのミチルにアトナを託して微笑んだ。ミチルは、結婚するまでノゾミのガーディアンだったカイルの息子である。ミチルという名はノゾミがつけたのだ。


「ミチル、どうかアトナを守って、その血が絶えることのないようにしてください。そうすればいつか2つの世界はつながることができるでしょう」ノゾミが、確信をもってマザーの言葉を伝えた。


「必ず、アトナ様を守ってみせます」


 ミチルが涙も見せずに誓った。


 マザーの周囲の空気がゆらぎ、ノゾミはマックの腕のなかで2人を見送った。アトナの子供たちがいつかこちらに戻って来れますようにと祈りながら。

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