209. KSA(KyotoScience Academy)に入学しました
「本当にこの辺は自然が保たれていますね。町も歴史がはっきりと感じられます。これほどの町は見たことがありません」 すぐ目の前に見える山々を眺めながらプリンスが感心した面持ちで呟いた。
「この辺りは歴史的建造物が多いし、あの山の中にも重要文化財に指定されている神社が幾つもあるから地上は殆ど昔の儘保存されているんだ。その代わり地下が一時ひどいことになっていたって聞いたけど、今では地下もかなり整備されてるよ」望は自分が褒められたように嬉しかった。
望達が通うことになったKSAは京都市の北の端にあり、すぐ後ろには深い森と山々が続いている。京都の地上にはネオ東京のような歩道システムがないので、地下の交通施設を使って、アカデミー近くまで来た3人はのんびりと景色を眺めながらアカデミーに向かっていた。今日は講義を決めて、事務手続きをするだけなので、少しゆっくりキャンパスを見て回るつもりだ。すぐ目の前に見えるKSAの敷地には緑の濃い山々を借景にして台形の白い建物が5棟建っていた。数世紀も前のような光景に心が和む。望はここに決めて良かった、と思った。
「本当にミチルも赤井教授の講義を取って良かったの?あんまり実用的な学問じゃないから人気がないみたいだけど?」 ミチルが古代生物だの古代植物だのに興味があるとは思えなかった。望の護衛のためにやりたくもない講義を取ったなら申し訳ない。ハチの助けを借りてある程度の自衛は出来るので、講義位別でもいいのに、という望にミチルが肩をすくめた。
「それはわかっているわ。プリンスが望と同じ講座をとっているからプリンスの護衛もいるしね。少し面白そうだと思っただけよ」
正面の入り口には結構多くの学生が並んでいた。一人ずつゲートにそれぞれのLCを翳して、許可を得て通っていく。望もハチを翳して通りすぎようとしたところで、いきなり腕を掴まれた。列から掴みだされそうになった望の腕をミチルが思い切り引いて自分の後ろに押しやり、望を掴んだ腕をひねった。
「痛っ、何するのよ!」 ミチルに腕を捻られているのは30~40代に見える背の高いひょろっとした女性だった。脅威度が低い、とみなしたミチルは手を放して、相手を睨みつけた。
「そちらこそどういうつもり?いきなり腕を掴んだりして」 ミチルに言い返された女性は、ちょっと口ごもった。その顔を見て、プリンスがミチルに何か言おうとしたが、その前に彼女が早口で話し始めた。
「私は、今朝から天宮君が来るのを待っていたのよ。是非調べさせて...じゃなくて植物についていろいろと話し合いたいと思って」
「?」 何を言っているのだろう、と首を傾げたミチルにプリンスが小声で言った。
「ミチル、彼女、赤井教授だと思いますよ」
「えっ、あの赤井教授!?」 それを聞いて驚いた望が思わず声を上げた。ミチルは驚いたようだが、まだ疑わしい目付きで見ていた。
「ほお、私の事を知っているとは、嬉しいね」 望の声を聞いて教授は嬉しそうに言った。
「はい。僕、教授の講義を受けたくてここを希望したんです。これから登録に行くつもりです」
「そうかい。じゃあ私が案内しよう。出来たらその後少し話をしようじゃないか」 呆気に取られている望とプリンス、不審者を見る目のミチルを連れて教授が建物に向かって歩き始めた。




