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23. マザーの記憶と夢

ノゾミが成長するにつれて、マザーは少しずつ自分の記憶を彼女に見せて行った。といっても、マザーの記憶は膨大で、小さなノゾミの脳に合わせるために大切な部分だけを取り出して、少しづつ、丁寧に見せて行った。


 意識が生まれてから数千万年を過ごしたマザーにとって、初めてこの地球に種としてたどり着いた記憶はすでに遠いものだった。


 いつ、どこから来たのか、もはやさだかではない。何のために、という目的でさえおぼろげである。それでも、伝えなければならないことがある、とわかっていた。


 あらゆる環境に合わせて酸素と、食物を提供する植物を繁殖させることのできるマザーは、人工的に生み出された生物ではあるが、自意識がある知的生物で、マザー達を創造した人類を、パートナーと呼び、助け合って長い時間を共に過ごしてきた。


 マザーの記憶しているパートナーは、船のなかで生活していた。


 数千万年前に、地球に衝突した隕石に巻き込まれ、パートナーは、最後の瞬間にマザー達の種だけを脱出させたのだという。過酷な環境で生きるために強化されたマザーの種は生き延び、成長すると地上を草木で覆って地上に再び知的生物が住める環境を整えた。


 種は数個あったが、衝突の衝撃で 無事に育たなかったものもあり、また別の次元にとばされた種もあったようで、現在この世界で生き残っているのはマザーだけだという。


 マザーはここで何度も再生を繰り返しながら、動物たちの食物となるのに相応しい草木を生み出し、パートナーとなる知的生物の生まれる日を待って過ごしてきた。この地のどこかにたどり着いているはずのパートナーの遺伝子が、再び知性を持つ生物となる日を待ってその環境を整えてきたのだ。


 漸く人類が生まれ、彼らのために食物を用意すると同時に、何とか会話しようとしたが、思うように行かずに長い時が経った。


 やがて、人類のなかにかつてのパートナーの遺伝子を持つと思われる者が現れるようになり、数千万年来初めて会話ができるようになった。その人間だけが、黄金の瞳を持っていたことから、彼らは「マザーの瞳」と呼ばれて、人々に敬われた。マザーの瞳は、人間にマザーの知識と知恵を伝え、マザーの導きによって人間たちは、平和で、豊かな社会を作り上げてきたのだ。

 長い長い孤独に耐えたマザーにとって、マザーの瞳の誕生は待ち焦がれた、パートナーの復活だった。


 マザーはその時の喜びを美しい音色にしてノゾミの心に響かせた。


 ノゾミは、マザーとの交流を通じて、他の植物とも感情の交流ができるようになっていった。


 植物達は程度の差はあるが皆知性があり、感情があった。言葉は交わせなくとも、感じていることはわかる。


 ここではほとんどの食事はいろいろな木の実である。火を通して調理することは滅多になくて、木の実をそのまま食べる。


 いろいろな種類の木の実をつける木を創作することは大切なことで、誰もがおいしい果実を作ろうと競い合っていた。


 ノゾミは新しい果実の創造に才能を発揮した。

 ノゾミの前世の記憶の中にあるいろいろな味を、木の実として実らせるのは難しいが、やりがいがあって楽しかった。

 


 マックの誕生日には、コーヒー味の果実を作ってプレゼントした。コーヒーの実から絞り出したジュースを始めて飲んだマックの喜びようにノゾミの友人たちがさぞおいしいだろうと期待して齧り付き、その苦い味に驚いて吐き出したのは思い出してもおかしかった。しかし今ではちょっとしたブームになっている。


 ときおり、自分は本当は男の子だと言い張るノゾミにマックは、ノゾミをひざに抱いて、ノゾミは自分の世界の以前の記憶を持って生まれてきたのかもしれない、と話してくれた。

 マックは、自分が元居た世界は、ここと同じ地球で、よく似た人々が住んでいるが、次元が違い、普通は行き来ができないという。何故かマザーに呼ばれて、次元を渡ることができたと嬉しそうにノゾミに話した。マックは、ノゾミとよく似た黄金の瞳を持っているが、マザーと直接話すことはできない。しかし、呼ばれたのはわかったそうだ。何故呼ばれたのだろう、と思っていたが、ノゾミがここで生まれるためだったに違いない、と言う。元の世界は異なる文化が発達していて、人々はもっと殺伐としていたが、こちらに来る前に望という名の少年と知り合い、彼に会ったことで、マザーの呼びかけがはっきりと聞こえるようになり、こちらに来ることができた。ノゾミ、という名前は彼の名前からとったものだから、もしかしたら、自分の過去の記憶が何らかの形で影響しているのかもしれないね、でも、ノゾミはパパのかわいいお姫様だよ、と頭を撫でられた。

 

 自分がその望なんだ、と思ったがマックの幸せそうな顔を見ていると何故か言い出せなくなってしまうのだ。


 友達と競って翼竜レースに参加するのも、珍しい食物木をつくり出すのも楽しかった。


 それでも、なにより毎日マザーの根元で過ごす時間が貴重だった。


 マザーの見せてくれる遥かな宇宙は、翼竜のスピードよりもノゾミの胸を熱くした。


 ここでは、時間がゆっくりと流れていく。


 子供時代は長く、30歳になったノゾミは漸く大人の仲間入りをしたとして、マックが盛大な祝いの祭りを催した。


 他国からも多くの客人や、芸人が訪れ、町の人々は連日の目新しい催し物を楽しみ、心からノゾミの成人を祝ってくれているようだった。


 その頃には遠い記憶の世界を夢に見ることも滅多になくなっていた。

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