197.花が散った
「お待たせ致しました。2週間お楽しみいただいたノゾム アマミヤ個展も間もなく終了となります。最後にアマミヤから皆様にお礼とお別れを申し上げたいとのことです」ギリアンがそうアナウンスすると会場から盛大な拍手が起こった。余りの声援にひるんだのか、望が救いを求めるように後ろにいるミチルを見た。ミチルは無常に望の背中を押した。
会場には数えきれないほど多くの木が立っていた。すべての木には花が咲いていた。一つとして同じ形の木はなく、同じ形の花もなかった。そして、ひとつとしてこの地球で見られる木もなかった。混沌としそうな多種類の造形と色が、不思議と調和してお互いを殺すことなく、それぞれの美を存分に表している。木々の根元にこっそりと咲いている小さな花さえもしっかり自分を主張して目を引く。
「誰もがここに足を踏み入れた瞬間、自分は楽園に着いたと信じるだろう。どれほど現実的な人間でも、ここでは日常を忘れるに違いない」とある評論家は書いている。
花咲く木々を背景にして望は閉会の挨拶を始めた。
「この2週間思ったよりも大勢の皆様に僕の作品を見ていただき嬉しかったです。今回の個展のテーマは花咲く木、ということでご覧の通り花盛りの木々と草花でした。しかし、花の咲く期間は短く、あっという間に散ってしまいます。花は散るから美しいのかもしれません。見に来ていただいた世界中の皆様に感謝を込めて、僕と、木々からのお礼とお別れを申し上げます。有難うございました」
望の言葉に合わせたように会場中の花が散り始めた。その花びらが会場中に舞っていく。その光景に殆どの人々はただ見とれていた。中には手を伸ばす者もいたが、もちろんこの花びらを捕まえることはできない。降りしきる花びらに送られて人々を送り出し、2週間の個展は終わった。
「お帰り、望、ミチル。お疲れ様」 家に帰るとプリンスが出迎えてくれた。
「プリンスこそ、お疲れ様。ハワイ島の方を全部任せてしまって、大変だったでしょ?」ハワイ島の二つの研究所はまだオープンしたばかりで軌道に乗ったのは言い難い。ドミニクがいるとは言うもののグリーンフーズからの研究者も多く、プリンスはドミニクの補助をするためにしばらくハワイ島に滞在していた。
「そう大変でもなかったですよ。ドミニクは流石ですね。もう皆をまとめ上げてます。軌道に乗るのもすぐでしょう」プリンスは感嘆したような口調だった。
「それじゃあ来月のイベント準備も進んでるのかな?100人も大変だよね」 12月中旬から1週間、世界中から今回の懸賞”当選者”が集まる。
「望、100人じゃなくて、200人以上よ?忘れたの?ペアで招待なんだから」 ミチルが言った。
「200人?ドミニク、大丈夫かな?」
「何を今更他人事のように言ってるのよ。ハワイ島に全員集めるというのは望のアイデアでしょ。私は未だになんでそんな事したいのかわからないわ」ミチルに言われて望は凹んだ。
「大丈夫ですよ。接待はハワイ島のグリーンフーズ所有のホテルで十分対処できます。望には実を育てて貰うよう説明する事だけお願いします」 プリンスが優しい。
「それは、多分大丈夫だと思う」 そう、それだけは自信があった。




