22.マザーの世界で
ノゾミは幸せだった。
母さんはどこへ行くにもノゾミを抱いて連れて行ってくれた。
父さんのマックはノゾミが歩けるようになる前から一緒に翼竜に乗せて毎日のように空を飛び回った。
ノゾミの”前世”の記憶にある両親は、優しかったがいつも忙しそうだった。宇宙に行くことを夢見て、そのために研究しているのだと教えてくれた。いつか大きくなったら一緒に行こうと言ってくれたが、結局二人だけで行ってしまった。あまり一緒に過ごした記憶はなかったので、ノゾミにとっては、今こそ本当の母さんと過ごしているように思えた。マックは―どうにもマックとしか思えないのだが。
「ノゾミ、パパだよ」
ノゾミがたどたどしいが、なんとか話せるようになって、初めて「ママ」と呼んだ時、マックが期待を込めた目でノゾミを見てしきりに「パパ」と繰り返した。
「?マ~ック」 「マック」
マックは驚いて、一瞬じっとノゾミを見つめた。
「まあ、この子もうあなたの名前を知っているのね。マザーから聞いているのかしら?」
妻のエリールが感心している。
「ああ、そうか、マザーが」マックは何やら納得したように言ったが、それでも諦められないようで、何かにつけて
「パパ、だよ~」と言ってみているが、ノゾミはずっとマックと呼び続けている。
ノゾミが7歳になる頃には自分で翼竜を乗りこなすことができた。ほかの子供たちよりうまく飛べるのが自慢だった。その他にもたくさんの生き物と友達になった。
ただ、自分には”前世”の記憶があり、これは現実ではないのでは、という疑念と、どこかで大切な人たちが待っている、という思いだけがノゾミを悩ませた。
そんな時、ノゾミはいつもマザーを訪れた。この世界で、マザーだけが本当のノゾミを理解してくれた。そして、ノゾミもまたマザーにとって本当に交流できる唯一の存在だった。ノゾミとマザーの絆は、或意味何よりも深いものだった。
「元の世界と、この世界では、流れる時間の速さが異なるのだから、あなたがここで一生を過ごしてから、元の世界に帰っても、ほんの数時間しか経っていないのでしょう?あなたの大切な人たちにはほんの少しの時間なのだから、心配をかけることもないと思うわ。あなたには、たくさん伝えたいことがあるのよ。私は、人間の感覚で言えば5万年ほどを、待っていたの。ここで、いつかすべてを伝えることのできる人が現れることを。私のために、あなたの時間を少しくれないかしら」
それでも、もしノゾミが幸せでないのなら、元の世界に帰れるようにするけれど、とマザーが囁いた。
「私は、とても幸せです」ノゾミは慌てて答えた。ある意味、記憶の中の”前世”よりも今の方が幸せだと思える。マザーが言うように、これがもとの世界では、一瞬のことであるのなら、今を楽しもう、と自分に言い聞かせた。ノゾミも望も、割と切り替えの早い女(男)なのである。