191.(閑話)テンプレート12
ここはどこだ? ラモン マルキスは声に出して問いかけたが、答えはなかった。
真っ白な空間のなかで、自分の体が立っているのか横になっているのかすらわからない。ついさっきまでヒューストンの地下都市にある自室でニュースを見ていたはずだ。最近出回り始めたマナフルーツという果物に関する話題だった。なんでも味が素晴らしいだけでなく栄養バランスが完璧に近いのだという。果物なんて高額で滅多に食べられないが、そんなに素晴らしいのなら思い切って買ってみようか、と考えながらいつものソイバーを食べていた。それから、どうしたんだっけ? そうだ。急に頭がすごく痛くなって、LCが警報をならしたんだ。だからすぐメディカルロボットが派遣されたはずだ。では、ここは病院なのだろうか?こんな設備があるとは聞いたことがないが、最新の治療だろうか?そんな治療を自分がうけられるとは思えないが、もしそんなことになっているならとても支払えない。そこまで考えてラモンは焦った。早く起きて間違いだと言わなくては。
「ミスター マルキス」 厳かな声がした。そちらを見ると人型の光があった。
「貴方は…医者じゃない?」
「医者ではありません。残念ながら貴方は助けが来る前に亡くなられました。私は、そうですね、道案内とでも考えていただければ宜しいかと」
「死んだ?それではここは死後の世界?そんなところが本当にあったのか」
「貴方の考えているような死後の世界はありません。ここは魂が次の旅に行く途中の交差点のようなところです」
「魂? 魂なんてあるのか?教会ではそんな教えがあると聞いたことはあるが、そんな非科学的な事を信じられるか」
「信じられない?今魂だけになっている貴方がそれを言いますか?」 光が笑ったような感じがした。
「私が魂だけ?」 体があるじゃないか、と言おうとして自分を見るが、そこには何もなかった。ぼんやりとした白っぽい何かがあるだけだ。
「私は本当に死んだのか?」 急に何とも言えない気持ちがこみ上げて来た。100歳になったばかりだ。パートナーも見つけられず、子供もいない。真面目に仕事をしていたが、誰でも出来る仕事だった。自分が突然いなくなっても、会社も困りはしないだろう。両親は子供を持つ権利を優秀な兄に譲っって逝った。兄に文句は言わなかったが、疎遠になってしまったのはしょうがない。
「まだ、死にたくない。まだ、生きてないのに」 思わず口をついてでた言葉に自分で驚いた。これまでなんとなく生きて、毎日の生活に格別不満はなかった。昔はパートナーが欲しい、と思った事はあったが今では面倒くさいからいなくて良かったとも思っていた。このまま一人で死んでいくのだろうと納得していた。
「そうですね。あなたはまだこの生を十分に生きていない。だから次の旅へ行けないのです」
「それじゃあ、私はどうしたらいいんですか?」
「貴方はこれまでチャンスを与えられることがなかった。それにもかかわらず真面目に生きて来たので、貴方にはチャンスを与えられる権利があります。もし希望されるなら、別の世界でもう一度生きてみることができます。ただし、これは一度だけのチャンスです。この世界でも十分に生きることが出来なかったら、貴方の魂は次の旅に行くことなく、消滅します」
「別の世界で生きる? 昔話で読んだことがある。あれは本当の話だったのか。それって魔法がある世界ですか?」 ラモンは昔読んだおとぎ話を思い出した。魔法のある世界に行って大活躍するヒーローやヒロインの話だ。年甲斐もなくドキドキした。
「魔法のある世界が希望でしたらそういう世界もありますよ。もっと文明が進んだ世界もあります」
「是非、魔法のある世界に…もし、私にも魔法が使えるのなら、ですが」 そんなところへ行って自分が魔法を使えなかったら大変だ、と思い出して慌てて付け加えた。
「こちらで用意した体に魂を入れますので、ちゃんと魔法を使えるようにしておきます」
「それと、私の記憶は残してもらえませんか?これが最後のチャンスだということを忘れたくないのです」
「わかりました。ただ、みだりに異世界から来たと話さないで下さい。文明の遅れた世界ですからどのような扱いになるかしれませんので。肉体は貴方の最盛期の頃をモデルに創造しておきます。新しい世界の基本情報も脳に入力しておきましょう。他に何か質問がなければもう出発してください。この場所にはあまり長くいられません」
「はい。いろいろとありがとうございました。精一杯生きます」
こうやってラモン マルキスの冒険は始まった。転生当時は20歳程に若返ったとは言え、剣など振ったこともなかったので弱い獣と戦うのも命がけだったが、幸い回復魔法が使えた。それが大変重宝されたため、ゆっくりと他の魔法も学ぶことができた。この世界には人間より魔物が多く、人間は領域を守るために常に魔物と戦っていた。その戦いの中でラモンは頭角を現し、やがて英雄ラモンと呼ばれるようになり、魔物に襲われている人間の国々を助けるために活躍した。そんな日々、ある魔物から救った美しい女性は魔物によって滅びかけていた王国の姫だった。
彼女と結ばれて王国を再建したラモンは英雄王と呼ばれ、民から慕われた。4人の子供達にも恵まれ、幸せな日々が続いた。
しかし、ラモンが転生してから40年が経とうと言う頃、魔物の領域に魔王と呼ばれる存在が現れた。勢いをなくしていた魔物達が突然大量に現れた。魔王は魔物ながら魔法を使い、差し向けた兵達では歯が立たなかった。ラモンはふとあの交差点のこと、あの光のことを思い出した。そして、今が自分の生を全うする時だ、と確信した。泣いて止める妃と子供達に、自分は別の世界に旅立つのだから悲しむな、と告げて魔王との一騎打ちに臨んだ。
魔王は強かった。しかし死を恐れないラモンもまた強かった。魔王が塵となって消えたことを確認してから、ラモンもまた生を手放した。
「来てくれたんですね」 ラモンは現れた光に向かって手を伸ばした。そこにはもう手などなかったが。
「ええ。貴方の魂は生を全うしました。次の旅に行きましょう」 ラモンは光に包まれて、新しい冒険を思って微笑んだ。
「15時00分30秒、脳派停止、心肺停止。プログラム終了しました。ご遺体の確認をお願い致します」
「ラモン、本当に幸せそうだね」 立ち会った兄が少し羨ましそうに言った。
「いくら全財産を使ったとは言え、どうやって40年分のラストドリームなんて購入できたのかしら?そんなお金があったら少しは兄の貴方に残してくれてもいいのにね」ついて来た妻が言った。
「ラモンには子供もいないからそんなことができたんだろう。僕らはそうはいかないからな」
「このプログラムはラストドリームテンプレート12番で、大変人気があります。昨年の技術革新による大幅な値下げで比較的お求めやすい価格になっていますよ」
立ち会ったまだ若い技術者が羨ましそうなラモンの兄の顔を見てそう言った。それを聞いて興味を惹かれたような夫を妻が強く引っ張って部屋を出て行った。




