188. オープニングセレモニー前日
「望、どうしたの?」 キラウエア火山の中腹に建つ新しい建物のテラスから眼前に広がる真夏の青い海を見つめて物思いに耽っている望にプリンスが尋ねた。
「本当にあっという間に研究所ができてしまったなあ、と思って。なんだか夢を見ているような気がするよ」
「予定より2ヶ月も早く完成したのは皆が頑張ってくれたお陰です。明日のオープニングセレモニーが終わったらいよいよ活動開始できますね」
「ここは眺めがいいなあ。たまに来るとほっとするぜ」 いつの間にかリーが並んで立っていた。
「記者達の相手は良いの、リー?」 リーは新しい研究所の外交と広報を担当してくれている。これまでの人脈を生かしてうまく本当の目的を隠しながら宣伝をしているので、各国からの評判は上々だった。
「オープニングセレモニーが終わるまでは内部の案内はできないと周知させてあるのにしつこい奴らだ。明日の用意で忙しいからと今日はもう引き上げて貰ったよ」
もともと背が高く体格の良いリーは高等部3年になってからすっかり大人っぽくなっていた。プリンスはその美貌と高貴な雰囲気で昔から年齢不詳だが、最近は威厳が半端ではない。望はそんな二人を見て、ため息をついた。二人と比べて変わりのない自分がちょっと情けなかった。でも、東洋系人種は成長がゆっくりだからしょうがないよね、と少し離れたところにいるミチルを見て自分を慰めた。ミチルは相変わらず日本人形のような外見で、体つきが大人になった様子もない。
「望、何か失礼なことを考えていない?」目が合った途端ミチルに問い詰められた。
「別に何も考えてないよ。リーとプリンスが大人っぽくなったなあ、と思ってただけだよ」慌てて否定する望にミチルが目を細めた。
「それに比べて自分は成長してないって考えてたわけね。それで私を見て…私も成長してないとか考えてたんでしょ!」
「凄い…どうして…」思わずどうしてわかったのと言いそうになって口を閉じたがもう遅かった。一瞬で横に立ったミチルに思い切り足を踏まれた。ミチルは今日はドレス姿でハイヒールを履いていた...
「痛い!ひどいじゃないか」 涙目で抗議する望をミチルが冷たい目で見返した。
「失礼なことを考えるからよ」
「ミチル、今日のドレスはとてもよく似合っていますね。ドレスの銀色がミチルの黒髪を引き立てて目が離せません。さっきから紹介してくれと言う人達が多くて大変です」
プリンスがさりげなく望の前に立ってミチルを賞賛した。今日のミチルは薄い銀色のワンピースを着て、赤いハイビスカスを髪にあしらっている。確かに良く似合っていてきれいだが、普段のミチルを知っている望はプリンスの蜜がしたたるような甘い褒め言葉に思わずぽかんとしてしまった。幸いプリンスの陰になっていてミチルには望の驚いた顔は見えなかったようだ。リーは咄嗟に後ろを向いて表情を隠している。
「私は護衛だからユニフォームを着るつもりだったのに、リーが場違いに見えるっていうから仕方なくドレスにしたのよ」 ミチルは早口で言い訳しながらもちょっと顔が赤らんでいる。
「確かにリーの言う通りです。ミチルは護衛ではなくてこれから共に研究と開発事業を行う仲間です」プリンスが優しく微笑んでそう告げた。
「それは名前だけですわ。私がこの研究に貢献できることは殆どありませんもの。私の役目は望のお守りと護衛ですわ」
「ミチル、お守りって言うの止めてって頼んだでしょ」 望の文句は完全に無視された。
「こんなところにいたのか」 ドミニクが慌てたように近づいてきた。
「おい、プリンス、これはどういうことだ?」 ドミニクが新事業の説明として配られたタブレットの画面を指さしながら問い詰めるように言った。
「これ、とおっしゃいますと、ああ、ドミニクの役職名のことですか?それが何か?」
この半年でドミニクはすっかり馴染んでお互いに名前で呼び合うようになっていた。それがいきなり険悪な雰囲気になって望は驚いてしまった。
「わしはここにいるだけで良いと言う話だったじゃろ?なんで代表になっとるんだ?大体わしのような経歴の者に代表をさせて大丈夫だと思っとるのか?」
「ドミニクの経歴は却って有利に働くとシュミレートされていますから、気になさらないで下さい。あまり日常業務には関心がないと言うお話でしたので、日常業務はそれぞれの部門のものに任せて、ドミニクには全体の統括をしていただくのが最善かと思いました。ドミニクも細かいことは任せると言って下さったはずですが?」プリンスのそうですよねという態度にドミニクの力が抜けた。
「ああ、確かに任せるとは言った。言ったが、まさか全体の代表とか、統括とかさせるのなら一言相談してくれ」 それでも、何とか文句を口にする。
「それは申し訳ありませんでした。仕事の割り当てをするからと会議にお呼びしたはずですが、何でもいいから任せるとおっしゃられましたので」 プリンスが真面目な顔で言った。
「君は会議が多すぎるからつい…わかったよ。確かにそう言ったのはわしだ。やるよ」ドミニクは諦めて肩を落とした。
「同意していただけて、有難うございます。明日のセレモニーで代表としての挨拶をお願いいたします。ほんの5分ほどの簡単なもので結構です」 プリンスのダメ押しにドミニクが頭を抱えた。




