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21. マックのラストドリーム 


 8月30日 09:00




 マックは望と医師以外の付き添いを断り、プログラム開始の09:00から4時間38分後の12時38分までを望一人に見届けてくれるように頼んだ。


 部屋には誰も入らないようにと言いつけてドアの外にガードをたてた。


 マックが何故それほど神経質になっているのか望にはわからなかったが最後まで付き添うことを約束した。


 医師が最後にもう一度マックの意思を確認、記録した後、ドリームカプセルの蓋を下ろした。


 モニターでマックの脳波パターンが低振幅となり、アルファ波が50%以下となったのを確認してからプログラムを脳につないだ主治医は、別室でモニターするために出て行った。


 導入部分はマック自身の声による自己催眠である。これによって、自分の記憶を書き換え、プログラム内での自分の行動を自分に示唆するのだ。


 これはまた、プログラムの中で唯一当人だけが知っているプライベートな部分である。


 5分後、現実時間から20万倍の速さに加速された夢が始まった。




 


 10:24


 望はマックの眠るカプセルの横で、椅子にかけていた。


 座っただけで体に合わせて変形するとてもすわり心地の良い椅子だ。


 マックの事を考えて落ち着かない気持ちを紛らわすためにマックのLCを腕に嵌めてみる。


 ナナより少し重い。


 耳にサファイアのようなピアス状のインターフェイスをつけた。


「初めまして、マスター望。最初に簡単な自己紹介をいたしましょうか?」


 若い男性の声が直接脳に響いた。


「お願いします」


 LCはハードの性能から搭載されているソフト、セキュリティなどを告げた。


「すごい!本社のスーパーコンピューター並みじゃないか」


「有難うございます」


 LCにどうやってここまでの機能を持たせられたのだろう。マックは本当に天才だ。


「名前はハチでいいかな?」


 こんなすごいLCにはもっと格調高い名前をつけないといけないだろうか。


「マックが君につけた名前を教えてもらえる?」


「名前ですか。特にございませんでした。どうぞご自由にお呼び下さい」


「名前がないの?それじゃあマックが君に呼びかけるときはどうしてたの?」


「マスターウォルターはいつも、おい、と呼んでいらっしゃいました」


「おい、って」


 望はあきれてしまったが、考えてみるとマックは機械に必要以上の人間性を見る事には賛成していなかった。そのせいかもしれない。


「じゃ、君の名前はハチにするから、ハチと呼んだら応えて。それから、僕のことは望と呼んで。マスターはつけないこと」


 マスターと呼ばれるのにはミチルに植え付けられたトラウマがあるのだ。


 それから1時間ほどかけてハチに搭載されたプログラムに目を通した。




 マックのドリームプログラムは既に半分ほど経過している。


 マックが幸せなことを祈りながらも望はうとうとしてしまった。この2ヶ月間、毎日寝不足だったのだ。


 眠っちゃだめだ、と思いながらも意識が遠くなっていく。




 目を開けると視界一杯にマックの顔があった。


 夢をみているんだ、と思った。 


 マックが随分若くなっている。


 金髪に、金の瞳、黄金色の肌の彼は、まるでライオンのような風格があった。体つきも、身長も望の知っている彼より更に一回り以上は大きい。


 やはり夢だ。


 しかし変な夢だ。マックがこちらを嬉しそうに覗き込んでいるのに、望はまったく動けないのだ。


 望は必死に起きようとしてみたが体がいうことをきかない。


「おお見ろ!俺の目の色だ。いや、マザーの瞳か。だが顔はクイーンにそっくりで美しい!」


(美しい?クイーン?)


「本当にお美しいプリンセスですわ、キング。それに本当に美しいマザーの瞳ですこと」


 そばから女性の声がした。


 (マザーの瞳?)


 これはマックのドリームプログラムの中のようだ、と望は気がついた。


 しかも望は赤ん坊になってマックに抱かれているらしい。


 そばで眠って同調したのだろうか?そんな事があるのだろうか?


(しかし、キング?マックは何をしたんだ?今度は一般人として平凡に暮らしてみたいって言ってなかったか?待てよ。プリンセス?なんでプリンセスなんだ?プリンスだろう?)


 赤ん坊の瞳を通して外を眺めながら、望は内心顔をしかめた。


プログラムには自動修正機能があるので、マックが設定とは違う行動にでても、どこかで辻褄を合わせるはずだが、あまり大きく予定と違うことをされると、修正が不可能になる。通常、プログラムの前に資格のある精神科医がクライアントと何度も会ってコンサルトするのはそれを防ぐためだ。


(マックは自分の希望がはっきりしているからと精神科医のコンサルトを断ったけど、やはり僕だけでは失敗だっんじゃないかな)


(それにしても王様になんかなる予定じゃなかっただろ、マック。だからオーバーアチーバーは嫌いなんだ!)


とにかく目を覚まそうと、こころのなかで思い切り踏ん張ってみた。


再び目を開けたが、相変わらずマックの顔が目の前にある。


心配そうな顔をしている。


「どうした?母さんは疲れて少し眠っているだけだから泣くんじゃないよ」


(泣いてなんかいない!)と叫んだ望の声は赤ん坊の泣き声にしか聞こえなかった。


パニックに陥りかけた時、耳元で優しい声が囁いた。


「いい子ね。泣かなくても大丈夫。何も怖い事はないわ」


見上げた望の瞳に黒い髪、黒い瞳の美しい女性がいた。


 何故か懐かしい思いがしてよく見ると、母さんに似ているようだ。


(こんなキャラクターは入れた覚えがないぞ。プログラムがマックの好みに合わせて創造したのか?)


マックの希望であらゆるタイプの美人をプログラムに入れてある。誰と恋に落ちてパートナーになるかプログラムの中の自分に決めさせたいとマックが言ったのだ。気に入った相手が見つからない彼のためにプログラムがマックの描いた新しいキャラクターを創造したらしい。


「この子はノゾミと名づけよう。私の国の言葉で、希望という意味だ」


「プリンセス ノゾミ! マザーの瞳!」


 門の集まった民衆が外に出てきたキングとクイーンに向かって花を投げ、歓声をあげた。


 密かにパニックを起こしている望を腕に抱いたマックは人々の中をどこかへ向かって進んでいく。人々は陽気な声を上げながらその後につづいている。


 どうやら森の中へ入って行くようだ。


「マザー、私たちの娘を連れて来た。ノゾミと名づけた。祝福してやってくれ」         

やがて天辺の見えない大きな樹の下に着くと、マックがノゾミの小さな手をとってそっと樹の幹に触れさせた。


 その途端、望の頭の中に大量のメッセージが流れ込んできた。その大半は会えたことへの喜びだったが、それに混じって長い長い孤独が感じられた。


 望は驚いて大きく目を見開くと、もう片方の手を大きく伸ばして樹の肌をなでた。落ち着かせるように、なだめる様に木肌をなでるうちに樹からのメッセージが落ち着いたものに変わり、言葉としてではないが、思考としてはっきりとわかるようになってきた。


(ごめんなさい。一族に合えたのは本当に久しぶりで嬉しさのあまり我を忘れてしまいました。驚いたでしょう?しかし、あなたはまだ生まれたばかりなのにはっきりした一族のしるしと思考を持っている。本当に何万年ぶりでしょう、自由に交流できる心と触れ合えたのは)


(いろいろと事情があって、僕の体は赤ん坊ですが、僕の心はもう16歳なんです)


(それは面白いですね。あなたの記憶にアクセスしてもいいですか?あなたも私の記憶に自由にアクセスしても構いませんが、あなたの現在の容量が確認できるまでは、全体へのアクセスは控えたほうが安全でしょう)


(僕の記憶にアクセス?なんだか僕のLCみたいな感じだな。どうぞ)


(わかりました。これはあなたにとっては夢なのですね)


 一瞬の間もなくマザーは望の記憶を覗いたようだ。


(そうなんだ。どうやらマックのドリームプログラムに同調してしまったらしい。どうやったら起きられるかわかる?)


(プログラムはすぐに終わるのでしょう?あと2時間?)


(それは現実世界の時間で、もし僕がここでその時間を過ごしたらあと50年はここで過ごすことになるんだよ!)


(望、あなえにとってこれは夢かもしれませんが、私は現実にここにいて、あなたと交流しています。私にはあなたに伝えなければならないことがたくさんあります。私は非常に長い間、あなた方の時間でいうと5万年以上あなたを待っていました。どうかもう少しここにいてください)


(僕の記憶を見たらわかると思うけれど、僕たちにとってここで長い年月を過ごすことは脳にそれだけの負担をかけることになるんだ)


(それは心配いりません。あなたは一族です。この程度の記憶が脳の負担になることはありません)


(一族ってなに?)


(今は皆が待っています。また来てください。私はいつもここで待っています)


 マックが望の両手を優しくマザーから引き離した。誰もが息を殺して見守っていたのだ。やがて、皆の口からため息が漏れた。


「おお、マザーが喜んでいる!私にもマザーの喜びがわかるぞ!」


「こんな事は初めてだ」みなが口々に驚きの声を上げた。


 その時、マザーの枝ががかすかに揺れてその枝先に小さな黄金の花が咲き、皆の見守る前でそれは金色の雪のように優しく皆の上に降り注いだ。


 この世のものとも思えない美しい光景に人々は声を忘れて見とれ、望は自分の目に涙が滲むのを感じた。それは、マザーの喜びの涙のように思えた。

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