174. ハチの進歩
「まず、マラドーナの件に引き続いて今回のVHRのテロへの協力を心から感謝する」 プリンスの指示で木の下に用意された椅子に座ってから、大統領はそう言って全員の顔を見廻した。
「君達の助けが無かったらどちらのケースももっと被害が大きかったのは間違いない。殊にキラウエア火山の噴火では、私達は大きな噴火になると諦めていたほどだ。あの状態からの噴火制御はまさに奇跡だとうちの専門家が言っていた」
大統領の賞賛にプリンスが用心深い表情になった。
「いえ、元はと言えばグリーンフーズの研究所にテロメンバーが潜入したことが原因です。むしろお詫びしなければならないと思っております」 プリンスの返答に大統領は首を振った。
「もう知っていると思うが連邦職員にもVHRのメンバーが見つかった。グリーンフーズのような大企業で末端の職員の思想を徹底的に調べるということが如何に非現実的かはわかっている。今回の一斉襲撃でわずかとはいえ組織員に逃げられたのが最もまずかったのだ」 襲撃命令を出した自分の責任だと大統領は言った。
「とにかく、心から感謝している。しかし、それと同時にどうしても君達に聞いておかなくてはならないことがある。以前は天宮君の人柄を見て、連邦に対する危険は少ないと私が判断したのだが、今回の件では情報局を始めとした政府機関が黙っていないだろう。今のところ大統領権限で君への干渉は抑えているが、いつまで持つかわからない。下手に政府機関に付け狙われるより、私へ情報開示を行い、それを私が秘匿するか、開示するか判断する、とした方が君にとっても良いのではないかと思う。そうすれば皆の矛先は情報を握っている私にある程度変わるはずだからな。どうだろうか、天宮君?」 大統領は望をじっと見て訊いた。
「情報の開示、とおっしゃられても、僕は特に隠していることなどないんですが?」 望はそう言ってから、プリンスに言われた事を思い出した。
「ハチ、僕のLCの情報ですか?」
「それも、ある」
「実を言うと僕にはハチの能力とか、構造とかはわかりません。ハチはマックから譲られたLCで、確かにとても優秀ですが、何ができるかは僕にはわかりません」 望の言葉に大統領とプリンスが苦笑した。ミチルとリーはそうだそうだと頷きあっている。
「それでは、私が君のLCと直接コンタクトをとってみても構わないかい?」 大統領の問いに望が頷くと、目の前に執事姿のハチが現れた。
「キング大統領、私が望様のLC、ハチと申します。私に何かご質問があるとのこと、私に出来る範囲であれば喜んでお答申し上げます」
「ああ、有難う」 望の指令を待たずにいきなり現れたハチにちょっと引き気味になりながら、大統領がハチを見た。
「では遠慮なく質問させてもらうよ。君の創造主はマクニール ウォルターで間違いないな?」
「正確にはウォルター様所有の研究所ですが、設計はウォルター様です」 真面目な顔でハチが答えた。
「君はウォルターから天宮君に譲られたと聞いたが、現在の君の命令系統は天宮君一人かい?」
「はい。私の主は天宮望様お一人です」
「君の能力について幾つか訊きたいことがあるのだが、答えてくれるかな?」 その問いにハチは望を見た。
「望様が答えても良いとおっしゃる範囲内でしたらお答できます」
「どうだね、天宮君?」 大統領は望を見て一見無邪気にも見える笑顔で訊いた。
「僕は別にハチが良いと考えるなら何でも答えてもらって構わないよ」 望の返事に大統領の背後でミチルとリーが目を覆っている。
望の返事に満足した大統領はそれから1時間余りハチを質問攻めにした。質問の中にはなんでこんなことを聞くのかと思うような些細な物から、各国の機密事項ではないのかと思うようなことまで含まれていた。
望はハチの受け答えを聞きながら、自分が受け取ったばかりの頃に比べてハチが随分変わったことを感じた。大統領との会話はスムースで、人間としか思えない。ハチが学んでいくタイプのLCだということは知っていたが、これほどの進歩をしていたのか、と改めて驚いた。
「いや、有難う、ハチ君。君のお陰で長年の疑問が随分と解消したよ。もし良かったらまた今度質問に答えてもらいたいものだ」 やがて大統領がそう言ってハチへの質問を終了した。
「望様が許可されましたらいつでもどうぞ」 ハチはそう言ってから給仕ロボットを指図して全員にコーヒーを渡した。その姿も優秀な執事にしか見えないな、と思う望だった。




