20. マックの最後の晩餐
南極での襲撃事件から3週間、望は殆どプログラムの作成にかかりきりだった。
家の中にいてもミチルがほとんど付きっ切りだったのには、内心辟易したが、不満を顔に出そうものなら100倍にして返ってくるのは間違いないので、プログラムに打ち込むことで耐えた。
望のせいで、ミチルだけではなく、プリンスとリーもどこにもでかけずに休日を過ごしていることを思うと、本当に申し訳なかった。望がいなければ安全じゃないかと思ったが、友人として誘拐の恐れがあると警備の人に言われてしまっては仕方がない。
マックの家には、広いジム、緑に囲まれたプール、映画室、ゲーム室など子供の夢の世界のような設備が揃っており、彼らは結構楽しく過ごしているようなのが救いだ。
特に新製品の開発室(マック曰く「おもちゃ作りの部屋」)は、プリンスやリーに、世界のどこに出かけるよりずっと楽しいと言わしめた。勿論厳重なセキュリティがあり、普通の訪問者が入ることはかなわないはずだが、今回はマックからどこを見ても構わない、とのお墨付きをもらっている。望も少し覗いたが、ゆっくり楽しむ時間がないのが本当に残念だと思われた。
8月25日にプログラムが完成した。
マックは仕上がりを見て満足そうに、実際経験するのが待ちきれないと嬉しそうに言った。
彼は誕生日である8月30日を実行日に決めた。〔250歳!)
突然、望はそれがマックの死を意味する事を思い出して、頭が真っ白になった。
望はこれまで自分が作成したプログラムで死んでいった多くのクライアントの事を考えた。
これまでも、プログラムの時はクライアントを深く理解しようと勤めるので、よく知っている人のように思えた。
しかし、これまでのクライアントとは直接顔を合わせることがまずなかったせいか、幸せそうに死んでいったと聞いて満足することはあっても、悲しいと思ったことなどなかった。
これは自分の利己的な感情に過ぎないと思いながらも、マックにはもう少しこの世界に生きていて欲しいと思った。
8月29日
「お別れパーティがもう始まってるわよ」
自分の部屋でぼんやりしていた望に、ノックもなしにドアを開けたミチルが声をかけた。
「パーティ?セレモ二ーじゃないの?」
自然死の前に死を選ぶ人達が増えてから、死後のお別れではなく、生前の別れの儀式が普通になってきている。通常は告示された時間にお別れを言いたい人達が訪れて順に言葉を交わしていく形式だ。
「マックは堅苦しいことが嫌いだから、別れのセレモニーの代わりに親しい人達だけを一度に呼んでパーティを開くんだって。マック曰く、最後の晩餐」
「どうもあの人は救世主コンプレックスがあるよな」
軽い口調で言いながらもリーは寂しそうだ。
この2ヶ月でマックはすっかり彼らの仲間になっていた。
彼の全く年齢差を感じさせない柔軟な思考法は、時々リーすら呆れるほどだった。
「それでは私たちもマックの旅立ちを祝いに行きましょうか。彼は本当にこの日を楽しみにしていたようですから」
マックとの別れを考えて重くなった空気を吹き飛ばすようにプリンスが言った。
「望、これを貰ってくれないか」
ごく親しい人だけを招いたというお別れパーティは、それでも300人近い人々であふれ、マックの長い人生を思わせた。原住民らしい人々から、学者風の一団、どうみても典型的なマフィアにしかみえない男が数人、ありとあらゆる人種、年代、職業の人々が皆、マックの希望通り、笑顔でマックとの最後の会話を楽しみ、食べて、飲んで、更に昔話を楽しんでいた。
明け方近くに漸く皆に別れを告げて送り出したマックが、望を呼び止め、自分の腕からLCをはずして望に渡そうとした。
「マックのLCを僕に?」
個人のLCは体の一部と言ってもいい。
「私がこれから行くところには必要ないからね」
「マックは脳内チップを使っているんじゃないですか?」
望はマックがLCに指令を出しているのを聞いたことがないのでインターフェイスを脳内に埋め込んでいるに違いないと思っていた。
「いや、私は古い人間だからね。脳をいじるのはごめんだよ」
マックが古い人間なら、大多数は原始人だ。
「じゃインターフェイスは?」
「これだよ」
マックが耳につけた小さな宝石を軽く触った。
「これが私の脳波を中継してくれる。君の脳波に合わせたものを作っておいたから試してみたまえ」
マックの手のひらに載っている小さな青い宝石が誘うように光った。
これを受け取ることが、マックの死を確定するような気がしてためらう望の手にLCとイヤーカフを握らせながらマックは、シールドを外した黄金の瞳で、同色の望の瞳を覗き込んだ。
「私にはここでまだまだやり残したことがある、と思っていた。正直、君に会うまではまだこの世界を旅立つ決心がついていなかった。君に会って初めて、もう自分の役目は終わった、これ以上は若い世代に任せた方が世界のためだ、これからは自分の好きな夢を見よう、と思えた。もし、私に息子がいたら君のような子だったんじゃないかと、思ったりしてね。こいつのことを君に任せられるなら、安心して旅立てるよ」
こいつ、と言って望の手の中のLCを優しく撫でた。機械の人間化に反対だ、と言っていたマックだが、長年共に過ごしたLCには情があるのだろう、と望は思った。
「わかりました。使わせて戴きます。有難うございます」
「有難う。詳しいシステムについてはこいつに聞いてくれ。君にはなんでも説明してくれるはずだ」
マックはそう言っていたずらっぽく笑った。