2.ラストドリーム
ラストドリームと謎のクライアント
「というか、君の仕事だ。僕は知らなかったんだが、(ここで先生は軽く望を睨んだ。)君は、しばらく前からラストドリームを作っていて、かなり有名なんだそうだね。祖父が大変世話になっている方が、君に仕事を頼もうとしたら、なんでも5年先まで予約が入っていると言われたらしい。いくらでも特別料金を支払うと言ったが、金では順番は変わらないとにべもない返事をされたそうだ。それで、君の周囲を探ってみたら便利な事に忘れていた孫がいた、というところらしい。僕は爺さんが遠くにいる孫の顔でも見たくなったのかと思ったんだけれどね」
先生はちょっと情けない顔をしてみせた。
望は、言葉に詰まった。
学校には仕事をしていることは内緒にしていた。
別にアルバイト禁止の校則があるわけではない。
しかし、誰もアルバイトなどした前例がないから禁止の校則がないだけで、もし知られたら問題になる可能性がある。
余計な前例を作って、校則を増やす事になりたくない。
望の祖父、天宮亜望が会長をしているハピー デス コーポレーションは50年前、2402年に設立された。
西暦2280年にヨーロッパ、アメリカで、100歳以上の人に死ぬ自由が認められた。 更に地球連邦成立後の2332年、連邦内全域で医者が100歳以上の人の自殺補助をすることが合法になった。
老齢者の自殺補助が医者の日常業務になっているなかで、いかに幸せに死なせるかを研究したのが望の曽祖父、天宮希一医学博士である。
希一はそれまでの安楽死ではいかに肉体的痛みを感じさせないようにしても、精神的な痛み、恐怖が強く、殆どの人は安らかな眠りにつけないことに心を痛めた。
彼が考案した、ラストドリームプログラムは、『幸福死』プログラムと呼ばれてたちまち大人気になった。
コンピュータープログラムで作成した夢を見る事は、量子コンピューターが一般に使われるようになった22世紀に可能になった。
まず、夢の中の時間経過を現実の時間経過の数千倍にできるプログラムが開発され、夢学習プログラムがはやった。
夢の中で10時間勉強しても、現実には1分も経っていませんよ、というわけだ。
しかし例え夢の中とはいえ、実際に勉強はしなくてはならない、ということと、この方法で学んだ事は、目覚めてから徐々に忘れてしまう率の高い事がわかり、一般に使用されなくなった。
その後、様々なプログラムが娯楽用に開発されたが、時間経過率を上げると脳に負担がかかること、また精密でリアルなプログラムほど弊害が多く、中毒、鬱病などの後遺症が残る事がわかった。
ついに死亡事故がでたことで、娯楽用の販売は禁止された。
この殆ど忘れられていた技術に新しい用途を見つけたのが、天宮希一である。
彼は、夢時間の経過を現実の20万倍まで加速する実験に成功した。
夢の中で1年生きても現実の時間では3分以下である。
それを使い老齢の自殺希望者に、自分の好きなように、好きなだけ生きる夢をみさせる。
プログラムの終わりには、自分の選んだ形で死が訪れる。
或いは眠りにつく。
現実には接続された機械による安楽死だが、好きなだけ生きたと納得して死んでいくのでごくかすかな干渉でほぼ自然死に近い形で終わりを迎えることが実証されている。
脳細胞にかける負担が大きく、通常には使えない、一生に一度の最後の夢である。
ラストドリームは数多くの老齢者を幸福死させてきた。
最新の統計では100歳以上の人の40パーセントは、もし幸せに逝けるのであれば、もう死んでもいい、130歳以上の70パーセントは、もっとはっきりと、死にたいと答えている。
この数字は年々上がっている。
現在の世界人口309億人のうち100歳以上は約40%、117億人、更に130歳以上は41億人余りである。
血族の誰かが死んだ時のみ新しい子供を持つ許可がおりる、という血族保存法が地球連邦内で厳守されるようになり、歳をとって生きているのは肩身が狭いという風潮が広まり、高齢者の自殺希望率を上げている。
また、死は待つものでなく自分で選ぶものだという考え方がそれに拍車をかけている。
ラストドリームは時間の長いものほど高価で、誰にでも支払える金額ではない。
祖父は、或程度定型の物を種類多く作り、訓練を受けた医師と提携して一般の人にも支払える価格でこのプログラムを提供している。
評判が高まるに連れ、利用者は年々増えて、この50年間にこのシステムで死に赴いた人々は世界中で5億に達する。
余裕のある層は、より高度なものを要求するので、金額が跳ね上がるが、なんといっても一生に一度、最後の贅沢だから、需要が供給をかなり上回っており、順番待ちの状態だ。
オリジナルプログラムといっても、ほとんどは、現実世界を基に作成される。
しかし時折、現実と全く違う世界に行きたい、という希望がある。
これは製作者がごくわずかたなため長い順番待ちとなる。
望が得意とするのは、こういった全くの創造世界である。頼まれて最初のプログラムを作ったのは3年前だった。
2406年、300年以上の中断後、宇宙開発が漸く再開された。
連邦政府と、幾つかの大企業の共同事業である。
第一弾として、実行途中で中止されていた火星のテラフォーミング計画再開が決まり、2440年に専門家として望の両親が火星に発った。宇宙開発に携わることは父の長年の夢だった。
最低20年は戻れない予定である。
望は祖父母に引き取られ、ネオ東京にある祖父の会社の最上階で育った。
言葉が遅かった望を楽しませようと、当時最新式だったブレインインターフェイスで脳に描いた画像を直接コンピューターに描くプログラムを祖父が使わせてくれたのだ。
脳で画像を描くことはそんなに容易いことではない。
「望、目を瞑って、自分の好きなところを頭の中に思い浮かべてごらん」
そう言った祖父は、ぼんやりした形がホロスクリーンに見えるのを予想していた。
しかし、そこに現れたのは、色鮮やかな緑の木々と、空を飛ぶ大きな鳥。
一流のプログラマーが長い時間をかけて作成したもののように細部まで完璧だった。
驚愕した祖父は、望のために高価な最新式のブレインインターフェイス付きのコンピューターを用意した。好きなだけ画像を描いて、お爺様に見せて欲しい、と言われて望は大喜びで一生懸命いろいろな絵を描いた。
「おだてられてうまく嵌められたんだよね、結局」
初等部の頃には作品がホログラムアートのファンタジー部門で優勝した。
それを見た人からどうしてもと依頼があり、断りきれずに、気がついたらラストドリームの製作者になっていた。
プログラムの製作は大抵は楽しいので時々文句はいうけれど、止めたくはない。
完全な異世界に現実に生きていると思わせる、完璧な創造をするのは、神になったような気持ちになる。
これには、インスピレーションと技術が必要で、時間もかかる。
異世界で最後の時を過ごしたい、という依頼は少ないが、クライアントを満足させるレベルで異世界創造ができる技術者が殆どいないため、望への依頼は何年か先まで埋まっている。
高等部卒業の後は、東京科学アカデミーの受験もあるので、現在新しい依頼はすべて断ってもらっている。
先生の頼みなら何とかしたいが、それはどのような注文かにもよる。ちょっと時間的に無理をすればできる程度であれば良いが、そうでないと、正規に順番待ちをしているクライアントに迷惑をかけることになる。それは祖父も許さないだろう。
「天宮、僕は、君に仕事を受けてくれるよう頼むことは絶対できない、と断ったんだよ。でも、君に会わせてくれるだけでいいと頼まれてね。会って説明した上で、君が断るならば、あきらめると約束された。君には、会うだけで仕事は請けなくとも相談料として相応の報酬を支払うとも言っている。それで、君に一応話してみると約束してしまった」
先生が提示した相談料は驚く程高額だった。
なんでも、仕事を依頼したい人はかなりの高齢なため、望がアンダーまで会いに行かなくてはならないので、その料金も入っているそうだ。それにしても、破格の金額だ。望は気持ちが動いた。
プログラムを完成する度にかなりの報酬を貰っているが、そこから学費を引かれているので、手元に残るのはわずかである。
金持ち揃いの友人達との付き合いにはいつも苦労していた。しかし、仕事を受けるとなると一存ではいかない。
「仕事をお受けできるかどうかは、僕の一存では決められません。祖父に聞いてみますので、ちょっと待って下さい」
ナナをプライベートモードにして祖父に呼び出しをかける。
「望か、どうした?まだ学校だろう?」
「グランパ、最近アンダーから僕に仕事の依頼があったそうだけど?」
「ああ、望のスケジュールが埋まってるのはわかっているから一応そう言って断っておいた。直接そちらに要請が行ったのか?」
「ええ。話を聞くだけでもと言われたんだけど、大丈夫かな?」
「相手の身元は確かだ。受けるかどうかは望次第だ。他の予定の都合をつけられるなら構わないが、既に入っている予約の引き伸ばしはできないからよく考えて決めなさい」
「わかりました。それじゃあ一応お会いしてみます」
「そうだな。決めたら知らせてくれ」
祖父の態度があまりにあっさりしていて、かえって好奇心が疼いた。
アンダーでは連邦内で強制されている血族保存法がないので、自殺は、連邦内のように盛んではないと祖父から聞いたことがある。
そこでの高齢者というのは何歳なのだろう。
これほどの手間をかけて自分に頼みたいとはどんなプログラムなのだろう。そして、普通なら高等部卒業後でなければとても行く事はできないだろうアンダーへの興味も、勿論あった。
「先生、祖父は既に話を聞いているとのことですので、一応お会いしてみようと思います」
「そうか。有難う。ちょっと待ってくれ」
ウォン先生はLCから、誰かに連絡をとった。プライベートモドではないので、望達にも相手が見えた。
赤と黒のユニフォームがぴったりと身についているアジア系のハンサムな男性だ。先生が、望が会見を承知したと話すと、明らかほっとした様子で、これから迎えに行くという。望はぎょっとして、首を振った。
「明日にして貰えませんか。明日なら登校日じゃないし、仕事とレポートで昨日殆ど寝てないんです」
男は不満そうな顔をしたが、明日の朝8時にアパートまで迎えにくることで同意した。
「先生、私も同行してはいけませんか?」
それまで黙っていたプリンスが、ウォンを見て強い調子で言った。ウォンは困った顔で望を見た。
「プリンス、気持ちは嬉しいけど、一緒に行っても、僕が話を聞いている間一人で退屈じゃない?」
ラストドリームはプライバシーが最重要である。例え相手が大統領でも、コンサルテーションは1対1でしか行わない。
誰でも死ぬときは一人だ。
「私は近くで待っています。もし望が話を聞いて、仕事が請けられないと決めたら本当にすんなり返してもらえるか心配です。私が一緒に行けばそのまま行方不明などということにはなりませんから」
プリンスの居場所は常に護衛隊に把握されている。
しかし、彼が動くとなると、護衛部隊もついてくるわけで、これはこれでアンダーへ行くには面倒そうだ。
第一、孫を命より可愛がっている家族が、アンダーへ行くなどと言ったら護衛に軍隊を送ってくるかもしれない。
冗談でなく本当にだ。
「プリンス、君の心配はわかるが、祖父が約束したのだから、天宮がそのまま攫われる、などということはないよ。僕も一緒に行くつもりだし」
ウォン先生も望と同じ心配をしているのだろう。何とかプリンスを止めようとしている
「しかし、あそこは無法地帯だという噂ですし、万一のことを考えると心配です」
「そんなこともないだろ。毎年何億人も連邦から遊びに行ってるけど、誰も犯罪にあっていないという話だよ。(カジノで有り金全部をとられる以外は)」
「それは団体旅行ですよね。個人旅行は避けるようにと政府から注意がでています」
プリンスは端整な顔を硬くしてウォン先生を見つめた。
「プリンス、君のお爺様がアンダーを良く思ってらっしゃらないのなら、君が行きたいと言えば心配されるだろう。今回は僕に任せてくれないかい」
「私が行ったら邪魔でしょうか」
貴公子が凄んでいる。
「そんな事はないよ。」慌ててウオンが言いかけた。
「プリンス、僕、君のお爺様に心配かけたくないんだよ。去年も心配かけたし」
望が言った。
昨年クラブの皆でエベレストに登った時のことを思い出したのだ。
プリンスは家族の反対をおして参加したのだが、山頂まですべてきちんと道が作られ、急斜面には至る所に安全ネットが設置されていた。山頂に着くと、それでも心配したというプリンスのお爺様( といってもまだ 70台の若々しい紳士である)が待っていて熱いお茶を振舞ってくれた。帰りはもうやる気をなくしてプリンスの家のジェットでそのまま山頂から帰って来たのだ。
プリンスはちょっと顔をしかめた。
自分がアンダーに行くとなったらどんな騒ぎになるか想像したのだろう。
「わかりました。でも、明日は必ず定期的に連絡して下さい。連絡が途絶えたら迎えにいきますからね」
「わかった。約束するよ」
過保護気味なところはあるけれど、いつも望を心配してくれる有難い友人だ。
次回でアンダーまでおでかけ。 できる限り毎日20時に投稿予定です。