168. 後始末
キラウエア火山の噴火はごく小規模なもので済んだ。避難を始めるのが早かったのでマグマ発電所の従業員3人以外の死亡者はなかった。マグマ発電所も、建物にはわずかの被害しかなく、AIとロボットの再起動で、平常の常態に回復していた。火山灰による症状が出た人が十数人いたが重症者はいない。マグマ発電所の従業員は噴火によるものではなく、2名がレザーガンによる死亡と確認された。犯人は同僚として侵入していたVHRの男だが、彼は爆発物の起動後、逃げ遅れて溶岩に巻き込まれて死亡していた。
スペースワンはハワイ島の上空に滞空したままだ。大統領と彼の補佐官達は被害の状況を確認するのに忙しそうだ。プリンスは、ビルに頼んでシールドのかかる部屋を借りて籠っている。お祖父様達と連絡を取りながら今後の対策を話し合っているようだ。従業員にVHRの人間が入り込んでいた事、死亡者が出た事などグリーンフーズはある意味で連邦政府よりも今後の対応に追われるに違いない。
周囲が忙しなく動いている中で望はぼんやりと暗闇にうかびあがるキラウエア火山を見ていた。側についているミチルがいつになく心配そうな顔をしているのにも気が付かなかった。
『お母さん』 頭に響いた声に一瞬あの子達が無事だったのかと思ったが、すぐに違うと気が付いた。
「カリ、どうしたの?」
『お母さん、悲しいから、みんなが悲しい』 望の悲しみを他の子達が感じてしまったようだ。
「ごめんね。ごめんね、カリ。 僕はあの子達を助けられなかった。あの子達、いなくなってしまった。ごめんね」
『お母さん、心配しないで。誰もいなくならないの。カリ達がいるから、誰もいなくならないの。悲しくないの』 カリが望を慰めようとしているのはわかるが、何が言いたいのかうまく伝わらないようだ。
「誰もいなくならない? カリはあの子達がまだ生きていると言うの?」 一縷の希望を抱いて、望が尋ねた。
『それは、わからないけど、いなくなったりはしないの。また大きくなれるから』
「別の種からってこと?でもそれはあの子達とは違う木だろう?」
『お母さんが同じと言えば同じ。誰もいなくならないの』 なんとなくカリの言いたい事はわかるが、それは同じなのだろうか? 頭を振った望は考えることを放棄した。 望の悲しみに皆を引きずり込みたいわけではない。
「そうだね、カリ。皆がいれば誰もいなくなったりしないね。皆が元気でいてくれれば僕は大丈夫だよ」 望は自分の中の悲しみをどこかに押し込めて、心の表面に穏やかで温かい春の太陽を描いてみた。カリが嬉しそうに反応するのを感じた。カリを通じて多くの木々が元気になるのも感じられた。空元気だったが、次第に冷えていた心と体が暖かくなっていくのがわかった。
「もう大丈夫そうね」 望の顔色を見ていたミチルがほっとして呟いた。その様子を伺っていたビルが黙って湯気のたつマグカップを2人の前に置いた。
「もう夜中だからミルクティーにしたよ。カフェインレスだから、どうぞ」 2人はお礼を言ってミルクティーを飲んだ。その熱さに、体が冷えていたのに気が付いた。
しばらくして、プリンスが現れた。
「プリンス、大丈夫?僕に何か出来ることはない?」 望は滅多に見ることのない疲れた様子のプリンスに心が痛んだ。
「有難う、望。望達のお陰で被害は最小限に留められましたし、一応の方針は決めたので、後はそれぞれの専門部門に任せましたから、もう私のすることはほとんどありません。今はとりあえず家に帰りたいですね」 プリンスの言葉に望とミチルも頷いた。3人とも疲れ切っている。考えなくてはいけない事がいろいろとあるが、今は無理だ、と望も思った。
「でも、大統領と情報局が大人しく望を返してくれるかしらね?」 ミチルが不安そうに言った。