167. 噴火した
「ハチ、現在の状況がわかりますか?」 ハチがシステムへの侵入に成功したと聞いて、乗り出すようにプリンスがハチに尋ねた。
「現在システムを再起動しております。発電所は停止中。 マグマ誘導システムに小型の爆発物が感知できます。2基は既に爆発済み、残り8基を感知。 設置の不手際で一斉爆発に失敗していると思われます。残り8基の爆発時間は不確定です」
ハチの返答にプリンスが顔を顰めた。
「ハチ、爆発を止めることはできる?」 望は祈るように尋ねた。
「爆発物は独立型で、こちらから止めることはできません。現在発電所の防御システムを再起動中です。再起動が100%終了すれば爆発物を隔離して、被害を最小限に留めることができると思われます」
「ハチ、10基すべて爆発した場合どうなるか予測できますか?」プリンスが訊いた。
「後2基の爆発で、浅層マグマ溜まりからマグマが噴出し、100%の確率でキラウエアが噴火します。残り6基が爆発した場合は浅層マグマ溜まりからの残りのマグマがマウナロア火山に流れ、キラウエア噴火のエネルギーと相まって、マウナロア火山が噴火する可能性が85%です」
「85%!」マウナロアは世界でも最大級の火山である。マグマ誘導システムの導入でここ300年程噴火はない。人々は安心してハワイ島で暮らしている。その人達はどうなるのだろうか? パニックに陥りそうな望の心にマザーの声が響いた。
『私の子、私は今はこれ以上意識を繋げていられません。でも、貴方の助手と貴方の子達の助けがあればきっと大丈夫』 それを最後にマザーの気配が消えた。しかしその声を聞いて、望は気持ちが落ち着くのを感じた。
頭の中でもう一度しっかりとハチとハワイ島の木々を繋いだ。何故か自分の木以外の木々の意識も感じ取れた。同時にハチがその木々と繋がって彼らを通じて人造のシステムがない場所を把握し、侵入していくのを感じた。ハチからのシグナルなのか、木々からの通信なのか、望には区別がつかなくなっていた。まるで自分の意識が体から抜け出して木々の根を伝わって地中に入って行くようだ。不思議な感覚に身を委ねていた時、急に激しい振動を感じて、何かに弾き出された。 はっとして目を開けた。
「爆発、した?」
「はい、2基同時に爆発しました。部分的隔離に成功しましたが、キラウエアは後10分で噴火します」 ハチが落ち着いた声で言った。それを聞いてプリンスがビルに急いで大統領に知らせるよう頼んだ。
「後10分で噴火って、どの程度の?」 望の悲鳴のような問いにハチが答えた。
「爆発の威力は82%の隔離に成功しました。噴火はVEI0から1以下の小規模なものと予測されます。残りの6基は防衛システムによる破壊に成功しました。現在システムの破損個所を修理中。AIおよびロボットは復元しました」
「ハチ、有難う」
「どういたしまして」 望のお礼に答えたハチの言葉にプリンスが笑った。すぐに顔を引き締めた。
「望とハチのお陰で大災害は防げそうですが、まだ油断はできませんね」そう言って窓の外を見ると、いつの間にか夜空が広がっていた。そして前方に赤い溶岩を垂れ流しているキラウエア火山が見えていた。溶岩はちょろちょろと流れていたが、やがて止まった。それでも火口から海岸までの赤い道と黒い煙に、そこには生きている生物はいないと思わされた。
望はもう一度ハワイ島の自分の木とコンタクトしようと目を閉じた。しばらく呼びかけてみたが、返事はなかった。あの爆発による振動の時までは確かに感じられた意識が、どこにもない。眼下に広がる溶岩の下で、あの子達が生き残ったとは思えなかった。最後まで頑張ってくれたのに、そして最後の時に望を弾き出したのもあの子達に違いない。
「望、どうしたのよ?」 ミチルの声に目を開けた。ミチルにしては珍しく心配そうな顔をして望を見ている。
「あの子たちが、みつからないんだ」 望の呟きに、誰のことかを察したミチルが、眼を逸らして窓の外を見つめた。何も言わずにポケットからハンカチを取り出して望に渡した。望は、ミチルがハンカチを持っているとは知らなかった、とぼんやり考えながらそれを受け取り、戸惑った。どうしてハンカチを渡されたのか分からなかったのだ。
「顔を拭きなさいよ」 ぶっきらぼうにミチルが言ったので顔に手をやると、濡れていた。