165. キラウエア火山
大統領が再び現れたのは空がオレンジ色になり始めた頃だった。 望達はビルにもてなされて軽食をとり、思い思いに過ごしていた。現れた大統領は、疲れた様子で椅子に腰を下ろしたが、その目は輝いていた。
「13か所全部の襲撃に成功した。まだ詳しい報告は上がっていないが、敵は全く気が付いていなかったらしく、殆ど問題がなかったそうだ」
大統領の言葉にプリンスが肩の力を抜くのがわかった。望とミチルもほっとして微笑んだ。
「大統領、今回の襲撃の結果、新しい情報が出ましたら、うちの方にも共有していただけますか?」 プリンスが訊いた。
「そうだね。連邦の機密に抵触しなければ構わないよ。情報局にはその旨つたえておこう」
「有難うございます」
「お礼をいうのは私の方だ。君達の協力がなければこんなに素早く動けなかった」
「長い事引き留めて悪かったな。すぐに送って行こう。私はまだ後始末があるから失礼するが、要望があればビルに伝えてくれ」 大統領はそう言うと、部屋を出て行った。
「良かった」 望はそう言って窓の外を見た。緊張していてあまり周囲は目に入っていなかったようだ。 今はどの辺なのだろう。眼下に見えるのは青い海だけで、全くわからない。ネオ東京までどの位かかるのだろうか。
「ここってどの辺り?」 望の問いにプリンスが自分のLCを見た。
「太平洋の上空ですね。アメリカの西海岸から少し離れた辺りです。ネオ東京まで2時間もあれば着くでしょう」 どうやらそんなに遅くならないうちに帰れそうだ。
『お母さん』 『カリのお母さん』 その時望を呼ぶ声が2重に聞こえた。
「君達は…ハワイ島にいる子だよね?」
『お母さん、変なの。凄く変なの』 慌てているのが伝わって来る。
「何が変なの?どんな風に?」
『とても悪い感じがするの。根っこが震える感じ』
「根っこが震える?」 望が驚いて声を上げた。望の様子を見ていたプリンスが訊いた。
「どうしたのですか?」
「ハワイ島にいるプリンスと僕の木から、変な感じがするって。なんか根っこが震える感じだって」
「ハワイ島? ハチ、さっきの分析結果にハワイ島がありましたね?そこを見せてください」
プリンスの言葉に目の前に、ハワイ島にあったVHRの拠点と、その詳細情報が現れた。
「構成員は5人ですね。全員捕まったのでしょうか?」 プリンスの問いにハチが答えた。
「襲撃時、拠点にいたのは3人でした。後の2人は仕事中で、そちらに連邦軍が向かい、1人は逮捕されましたが、一人は逃げたため、現在捜査中です」
「仕事? どこで仕事をしていたの?」 望が訊いた。いやな予感がする。
「彼らは5人ともグリーンフーズのエネルギー研究所の下級技術者として働いていました」 ハチの説明にプリンスが固まった。
「うちの研究所に?」 それから気を取り直すように訊いた。
「ハチ、逃げた一人の行方はわかりませんか?」
「残念ながら追跡を免れるためにLCを破棄したようです。最後にわかっている位置はマグマ発電所内です」
『お母さん、すごく震えるの。皆危ない』 切羽詰まったような声が聞こえた。
「振動がひどくなっているみたい。火山が噴火したりしないよね?」 望が真っ青になってプリンスを見た。
「うちの研究所のマグマ誘導が通常に働いていれば噴火などあり得ないのですが」 プリンスはそう言いながらもLCで確認しようとしている。
「だめですね。システムが反応しません。ビル、すぐに大統領に連絡してください。キラウエア火山が噴火するかもしれません。急いで島にいる人を非難させてください」
ビルは何も聞かずに走り去った。すぐに大統領がやってきた。
「キラウエアが噴火する?本当かね?」
「わかりません。考え過ぎなら良いのですが。しかし、VHRの構成員が働いていたのがエネルギー研究所で、現在一人が行方不明、最後に居場所が確認されたのがマグマ発電所内で、発電所のシステムが反応しません。そして、ハワイ島にいる木が地面が震えていると言っているのです。とりあえず避難をお願いします」
「木が何だって?まあいい。後で詳しく聞かせてくれ。今はそんなことより避難だな」 大統領はそういうとLCに向かって矢継ぎ早に指令を出した。