162. 居座る博士
「博士はいつまでいるつもりなんだろな?」 朝の話し合いが終わって、疲れたから休ませて欲しいと言う博士を客室に案内して戻って来た望にリビングで待っていたらしいリーが訊いた。
「わかんないけど、一休みしたらカリと会いたいとか、お昼はいらないけど、夕飯は楽しみにしてるとかって言ってたからすぐには帰らないと思う」
「だよな。なんだか腰を落ち着けそうな雰囲気があるぜ。プリンスができるだけ冷たく応対するわけだ。あれは甘い顔なんか見せたらとことん居座るタイプだと思うぞ」
「う~ん。ここがすごく気に入ったとはおっしゃってたけど、博士も仕事が忙しいはずだからそうは居られないと思うけど」 ちょっと自信がなさそうに望が反論したが、プリンスもミチルも首を振って、ため息をついている。
「望は甘いのよ。見てらっしゃい、絶対に居座ろうとするから」
「私もそう思いますね。前回は研究室から強引な迎えが来たから良かったですが、今回は大統領の使いと言う名目で来てますから迎えは期待できませんしね」プリンスも冷たい。
「そうかなあ。けど、それって何かまずい? カリにあんまりしつこくするとカリが嫌がるのを別にすれば、僕は構わないんだけど」 望がそう言うと、3人が望を見た。
「望はすっかり忘れているのね?」 ミチルが呆れている。
「忘れてるって、何を?」望が首を傾げた。
「博士が誰のために働いているか、と言う事をです」 プリンスが補足した。
「望が博士を同族と思っているのはわかっていますが」プリンスはそう言いながらも渋い顔だ。
「大統領は望がマックから受け継いだ技術力を正確に理解しています。今のところ、望が連邦の敵に回ることはないと判断していて、望を利用できるなら利用したいと考えていますし、それを隠そうともしていません。望は博士を仲間と思ってアカの事まで打ち明けましたが、もし大統領と望の意思が分かれた場合、博士がどちらの味方をするかはわかりません。ですから、あまり博士にこちらの手の内を見せるのは控えた方が良いのではないかと思うのです」
プリンスの言葉に望はちょっと考えた。
「僕は、大丈夫だと思う。僕らが大統領と対立するようなことがあるとしたら、大統領が何か無理な要求をした時だけだろうし、そんな事になったら博士はきっと僕らの味方をしてくれるよ」
「だから望は甘いっていうのよ」 ミチルが呆れたように、しかし諦めたように言った。
「それが望の良いところだからな」 リーがそう言って苦笑した。プリンスも頷いて微笑んでいる。
翌日、お昼前に連邦政府が中国政府からテロ組織シャンシェンの捜索を引き継いだこと、それに伴い事情聴取のために拘束されていたライ氏の身柄が連邦情報局に移されたというニュースが流れた。そしてわずか数時間後には連邦情報局からライ氏はテロ組織とは全くの無関係であることが証明されたという発表があり、彼の身柄は解放された。この素早い解放により、ライ氏の拘束はやはり政治的な陰謀だったのだろうと解説する識者が多く、少なくとも連邦政府内では彼の政治的生命は保たれたと言える。中国政府内での扱いはまだ不明だが。
「良かったね、リー」 リビングで一緒にニュースを見ていた望はほっとしてリーに言った。
「ああ、有難う。でも俺のせいで望に迷惑をかけるな」
「別に迷惑じゃないよ。テロ組織を捕まえるのは当たり前の事だもの」
望達は連邦情報局に行くために迎えを待っていた。プリンスとミチルも一緒だ。リーは多分顔を出さない方が良いだろうと言うことになって留守番である。何故かブレナン博士も自分は必要ないだろうと言ってここに居残ることにした。プリンスに冷たい顔をされていたが、全く気が付かない様子で、僕はここで待ってるからね、とニコニコしていた。博士の見張りもあって、リーはこの家で留守番をすることになった。