156. リーの出生にまつわるあれこれ
「どうかなさいましたか?」 ハチが器用に首を傾げて望、プリンス、ミチルを順に見た。
「何か私の知らない情報を共有されているように見受けられますが?」 ハチの表情があり得ない事のはずだが、と言っている。望はぼんやりとハチは随分人間的になったな、と思った。多分勉強しているに違いない。
「望様?」 逃避的にどうでもいい事を考えていた望にハチが再度訊いた。
「うん。実はね、リーが前に言ってたんだけど、リーはGEなんだって。これは秘密だから、誰にも言っちゃだめだよ」北極で襲われた時にリーが打ち明けてくれたことを話した。後ろでミチルが、自分のLCに秘密だよって言う必要あるの?とぶつぶつ言っているが、念のためだ。
「勿論でございます。 しかし、リー様がGE? 遺伝子操作をされていると?それは私の情報にはございませんでした。もっとも望様のご友人については望様の意向により、調査は致しておりませんので、致し方ございませんが」 なんだか言い訳と愚痴めいている。
「望様がよろしければその辺りの状況を詳しく調査いたしましょうか?」 ハチの問いに望はプリンスとミチルを見た。リーのプライバシーを侵害したくないが、もしりーの助けになるようなら、と迷ったのだ。
「望、躊躇う気持ちはよくわかりますし、通常でしたら私も勿論そんなことはしません。しかし、今は少しでも情報が欲しいところです」
「でも、もしハチの調べで本当にリーのお父様がそのテロ組織に資金を渡したとはっきりしたら、そしてその件とリーの関係が明らかになったらリーはどうなるの?」遺伝子操作された子供は被害者であるから重い罪にはならないが、連邦からは監視が付くし、それ以外の対応はそれぞれの地域政府に委ねられている。中国地区は特に厳しいと聞いたことがある。
「現状で資金を渡したことは既に証明されているわけですから、問題はライ氏が誰に資金を渡していたのか、その資金が何のために使われるか承知していたのかということです。或いは騙されて全く関係のない目的だと思い、提供したのかもしれません。いずれにしても、本当の事を知らなければリーの助けにはなれません」 プリンスの言葉に望は躊躇いながらもハチにリーの出生時の事について出来る限りの事を調べるように頼んだ。
数分後、再度現れたハチが報告した。
「残念ながら、大した事はわかりませんでした。 リー様には兄と妹がいますが、3名とも人工子宮からの出生です。 ただ、兄と妹は北京病院での出生ですが、リー様だけは当時ライ氏が赴任していた地方の病院での出生となっております。その病院が、現在問題になっている山岳地帯に近い町の小さな病院で、10年前にテロ活動により破壊され、再建されることがなかったため、記録が殆ど残っておりません。この病院で新人類創造の実験が行われていた、という疑惑があります。その実験をテロ組織が強い兵隊のために引き継いだとされています。ライ氏からこの病院の医師への支払いの記録は確認できました。確かに通常の人工子宮使用料に比べると比較にならない支払いをしています。通常の使用ではなかったと推測されます」
「しかし、どこにも当時その病院がテロ組織の一部だったという証拠は存在していないのですね?」 プリンスが確かめるように訊いた。
「ございません」 ハチの言葉に全員が少し肩の力を抜いた。
「問題があるとしたら、支払いをした医師ではないかと思います」 ハチが続けて言った。
「医師?誰なの?」
「ドクター イェンです」 その名を聞いてプリンスとミチルが息を呑んだ。




