154. リーと噂話
「やっと終わったあ」 リビングルームのソファーにぐったりと座り込んだ望を見下ろしてミチルがわざとらしくため息をついた。
「終わったのはいいけど、結果に自信はあるの?」
「それは言わないでよ。今日ぐらいは終わった喜びを噛みしめたいのに」 望が恨めしそうにミチルを見上げて文句を言った。
いろいろと忙しかったせいですっかり忘れていた(少なくとも望は)試験の予定が発表されてから2週間というもの必死にがんばったのだ。ちょっとのんびりさせて欲しい。世界では珍しく4月入学、進級の制度を取っている望達の学校では2月に学年末の試験がある。進級テスト、というわけではないがこれに落第点でもとれば進級できない恐れもあるため1年で最も重要視されている。
「全く毎年のことだっていうのにいつもギリギリになるまで真剣にやらないんだから、経験から学ぶ、ということはないのかしら?」 ミチルはまだお説教モードだ。
「今年は本当にいろいろありましたから仕方ありませんよ。私も全然試験の準備はできませんでした」プリンスがそう言って望の隣に腰を下ろした。
「プリンスも?」プリンスも準備が出来なかったと聞いてほっとして隣を見て、思い出した。
「なんだか去年の今頃もこんなこと言ってたような気がする。でも確かプリンスは殆ど全部満点だったよね?」 ちょっと恨めしそうにプリンスを見ると目を逸らされた。
「だから、プリンスのような天才と同じことしようと思わない事よ。望は普段からもっと真面目に勉強しなさい」
「わかったよ。ミチル、何か怒ってる?」 望がミチルを見つめて訊いた。
「別に怒ってないわ。ただ、望が毎年同じようにギリギリになって慌てるから将来が心配なだけよ」 ミチルはツンと横を向いて言った。
「う~ん、本当?何だかいつもよりもっと怒ってる気がするんだけど。それとも何か心配事でもあるの?」そう言ってプリンスを見ると、プリンスも怪訝そうにミチルを見ている。
「いつもよりもっと、って、それじゃあ私がいつも怒ってるみたいに聞こえるわ」 ミチルが望を見下ろして文句を言ったが、余り勢いがない。
「ミチル、もしかしてリーの事を心配していますか?」 プリンスが訊いた。
「リー? そう言えばいつも試験の後は遊びに行くのに今日は断って帰って行ったね」 望が思い出していると、ミチルが肩をすくめた。
「別にリーの事なんて心配してないわ。ちょっと嫌な噂を聞いたから気にはなってるけど、リーは殺しても死なないから」
「殺したら、死ぬと思うけど」 望が言い返そうとしたが、プリンスが望を止めた。
「いやな噂というのはリーのお父上の事?」
「まあね。プリンスも聞いたでしょ?」
「リーのお父様?一体どんな噂?僕は聞いてないよ」 望が声を上げた。
「望はぼんやりだから、周りで皆が話していても気が付かないのよ」 ミチルが怒ったように言った。
「ミチル、望は噂話に興味を持つような人間ではないだけです。ぼんやりはしていません」 プリンスがミチルを嗜めた。
「えっと、プリンス、有難う?でも、つまり、学校で皆が噂するほど広がっている話ってこと?」
「そうよ。知らないのは望ぐらいだわ!」 ミチルが望を睨んだ。望は自分が凄く鈍いことに気が付いて落ち込んだ。
「それは、悪かったよ。だから一体どんな噂か教えて?」望の問いかけにミチルとプリンスは困ったように顔を見合わせた。言いにくい事らしい。
「望様、噂話というのは事実でないものもございます。不肖ハチがリー ライ様の事情について、事実をご説明致しましょうか?」 執事姿のハチが現れて訊いた。
「事実がわかっているなら是非お願いするわ」
「頼みます」
望が返事をする前にミチルとプリンスがハチに答えた。