150. どちらが怖い マラドーナVSドミニク
マラドーナ自然保護区を離れた望達はドミニクの”知り合い”が用意してくれた隠れ家に入っていた。隠れ家といっても大きな建物で眼前には海が広がり、遠くに見える陸地はマダガスカルらしい。海を見下ろす部屋には豪華な昼食が用意されていた。
ハチからの情報では、医者は全員植物性の毒にやられたと診察したそうで、現在どの植物に毒性があったのか調査中だという。望は怒ったマラドーナに協力してくれた木が切り倒されないかと心配だった。しかし、カリが言ったとおり現在はどの木も毒を出しておらず、庭の木ではない、との結論が出たようだ。これから周囲の木を調べるらしい。倒れた人達はまだ休んでいるが命に関わるような症状の者はいない。望はそれを聞いて漸く肩の力を抜いて、目の前の食事に手をつけることができた。
「ドミニクの知り合いって裏社会だよな?マラドーナを敵に回すのに信用しても大丈夫なのか?」リーが小声でドミニク訊いている。
「ある程度は信用できると思っとるが、絶対とは言えんから、警戒は怠らんようにな」 ドミニクが脅すように言った。
「そんな人の家に来て良かったの?」望が驚いてプリンスを見た。
「まあ、ドミニクが多分大丈夫だと言ってくれましたし、グリーンフーズに行くよりは目立ちませんからね」 プリンスが苦笑している。当初グリーンフーズの街に行こうかと言う話も出たが、今回は完全に秘密でこちらに来ているため、プリンスは護衛さえ連れていない。それがグリーンタウンの誰かに知られたら大騒ぎになるのは間違いない。
「望様、そう心配される必要はないかと思います」 執事のハチが現れて望に言った。
「私が全方位のモニタリングを行っております。それになかなか興味深い会話もございました。再生いたしますか?」
「興味深い会話?」望が頷くと、何処かの部屋の様子が再生された。その部屋にはいかにも悪人そうな顔つきの男と、まだ若い美しい女性が向かい合っていた。
『ダーリン、マラドーナに睨まれたらこの界隈ではやっていけないわよ。いくら大物でも、バーンスタインはもう引退してるのでしょう?やっぱりマラドーナに知らせたほうが良いんじゃないかしら?』
『エンジェル、お前は若いからバーンスタインの怖さを知らなくても無理はない。マラドーナとは比べ物にならん。冗談でもそんなことを口にするんじゃないぞ』男は真剣な顔で言った。しかし彼女は拗ねたような顔になった。
『それは昔の話でしょう?マラドーナは邪魔な人間はすぐに始末するわ。バーンスタインがマラドーナより怖いなんて信じられないわ。もし、そんなに厄介な男なら、始末することだってできるのじゃなくて、貴方なら?』ちょっと甘えるように言った女に、男はため息を付いて、誰かを呼んだ。
『エンジェル、お前はしばらく地下室にいろ。この件が片付いたら出してやる』 男の言葉に女性は真っ青になった。
『ごめんなさい。もう言わないわ』
『信用できん。変な気を起こすといけないからな。これはお前のためでもある。言っておくが、マラドーナは確かに俺達を殺すことはできるだろう。だが、バーンスタインは俺やお前だけじゃなくて、お前の家族、大事にしている連中、それ程大事でもない親戚まで始末するだろう。これまでどれだけの腕利きが奴を始末しようとしたと思ってるんだ?例え一人に見えてもバーンスタインを始末するなら仲間も家族も失う覚悟でやらなくてはならん。そんな事をする必要がどこにある?あのくそマラドーナのために一族の命をかける義理などない。あいつはこっちを使うだけでろくに見返りもよこさない。バーンスタインは味方には気前のいい男だ。どっちにつくかなど考える必要もない。わかったか?』 男の言葉を聞くうちに女性が項垂れた。 もう言わない、と約束していたが、男は念の為だ、と現れたアンドロイドに女を地下の”客室”に案内して24時間見張りに立つようにと命じた。
再生が終わっても誰も動かなかった。望はなんと言って良いのかわからなくて黙っていた。ちらっとドミニクを見ると、苦笑しているが、否定も肯定もしなかった。ミチルとリーは何か言いたそうな顔でドミニクを見ている。
「とりあえず裏切られる心配はあまりなさそうですね」 プリンスがそう言って微笑んだが、何となく気まずい雰囲気は消えなかった。その時、ハチがキング大統領から通信が入った事を知らせた。
「待たせてすまなかった。思ったより手間取ったがこれから捕獲に向かう」大統領は今朝と比べて幾分窶れているように見える。わずか半日でマラドーナのような大物を逮捕する準備は余程大変だったに違いない。