145.マラドーナ自然保護区への潜入5
『望、無事に潜入できたようですね』通信機ごしでもプリンスがホッとしているのが伝わって来る。かなり心配していたようだ。
『ちょっと時間がかかって、心配かけてごめんね。ここのネットワークにハチが入れたからもう大丈夫だと思うよ』ハチがうまく操作してくれたので周囲のシールドに抜け穴を作り、プリンス達とも交信できるようになったので、早速連絡を入れた。
『ハチが侵入できたのなら、後は外からでも大丈夫でしょう?もう出てきてください。何だか入っていく車が多いので何かあるのではと心配です』
『それがね、ハチによると建物の中に一か所だけネットワークにつないでなくて、まるで切り取られた空間のような部分があるんだって。多分そこに大切なものを置いているんじゃないかと思うから、そこまで行ってから帰るよ』 ここまで来たのだから何とか少しでもマラドーナの犯罪の証拠を掴みたい。
『そうですか。望がそう言うなら仕方ありませんが、ハチに言って裏門をあけてください。望達は私達が行くまでどこか隠れられるところで待機していて下さい』
『そんな、危ないよ。僕達は透明だから見えないもの。プリンス達が来る方がよっぽど危険だよ』望が慌てて止めようとしたが、プリンスは譲らない。
『私達は望の用意したここの護衛のユニフォームを着ています。ですから武器も不自然でなく持てます。中に入るところさえ見つからなければ城まですぐに行けるはずです。いいですか?絶対に2人だけで城の中に入らないようにして下さい。どのような罠があるかわかりませんし、2人だけでは危険です』
『わかったよ。城の庭の奥に裏口に通じる道があるからその辺りで待ってる。気を付けてね』 望はそう言って通信を切ると、ハチにプリンス達が近づいたら裏門を開けるよう頼んだ。
ミチルと一緒に城の裏口を警戒しながらプリンス達を待っていると、裏口からメイドのユニフォームらしきものを着た2人の女性が出て来た。手に飲み物とマナフルーツを持っている。
「この辺が良いわ。サバンナでこんなきれいな庭が見られるのなんて、ここだけよ」一人がそう自慢そうに言って、白いベンチに腰掛け、もう一人にもかけるよう促した。そのまま2人はフルーツを食べ始めた。どうやら昼食らしい。
「これ本当に美味しいわ。噂には聞いていたけどとても手に入らなくて諦めてたの。私たちの食事にこんなものまで出してくれるなんて流石ね」 年下らしい女性がマナフルーツを齧りながら感激している。
「これは、いつもじゃないけどね。今日はハンティングの会があるから特別よ。狩りの後はパーティで、仕留めた珍しい動物や、世界中の珍味で御馳走よ。私達にもおすそ分けがあるから楽しみにしているといいわ」
「狩った獲物で御馳走? 動物のお肉を食べるの?」 若い方が怯えたように言った。
「そうよ。昔は皆そうしてたし、今でもお金持ちは食べてるわ。大体、狩りをして殺すだけで食べないのは動物に申し訳ない、とマラドーナ様はおっしゃっているわ」
「そういうものなのかしら?どちらにしても私はお肉よりこの果物が良いわ。なんだかすごく懐かしい味がする」 しばらくすると食べ終わった二人は裏口から戻って行った。
『ミチル、怒るのはわかるけど、僕の腕を握りつぶさないでよ』 2人の話を聞いていた望はそのおぞましさに気持ちが悪くなりかけた。ミチルは怒りで震えているらしく、掴んでいる望の腕が折れそうだ。
その時裏門に通じる道から2人の護衛が現れた。一瞬身構えたが、先頭のプリンスの美しい顔を見て肩の力を抜いた。
「プリンスって、護衛には見えないよね」 誰に言うともなく呟くと、隣でミチルが同意した。
「そうね。どうみてもどこかのプリンスが兵との謁見のために軍服で現れたって感じ」
「望、ミチル、無事でよかった」 望達の声が聞こえたらしいプリンスが苦笑して、本当に望がいるか確かめるように肩に手を置いた。
「危ないことはなかった?ハチからトラックの下に張り付いて中に入ったと聞かされた時は本当に驚いたよ」
「張り付いてたのはミチルだよ。ちょっと打ち身になったぐらいで大丈夫だったし」
「打ち身?落ちてどこか打ったのですか?頭だったら後で検査をしないと」
「大丈夫、落ちたんじゃなくてミチルに落とされて上に乗られたせいだから、頭は打ってないよ」 正直に答えるとリーが後ろで吹き出した。ミチルが見えない足で望とリーを蹴った。
ドミニクは裏門でトラックを見張りながら待機しているらしい。そのまま4人で、ハチにセキュリティを解除してもらい、裏口から侵入した。
中は何やら慌ただしい様子だったが、ハチからの案内で、誰にも出くわさずに階段を上り、城の最上階らしい部分に着いた。
ハチによるとこの階は電源まで他とは切り離されているらしい。護衛がいるといけないので、ミチルが先に進んだ。案の定踊り場の先には2メートルはあるアンドロイドが立っていた。これを排除せずには先に行けそうにない。ミチルがとびかかろうしたのがわかったが、プリンスが前に出て、素早くアンドロイドの頭部と心臓部分をレザーガンで撃った。アンドロイドは反撃しようと腕を上げたが、そのまま倒れた。
「急いで」 誰か来るかもしれないからと急いで先に進むと、金属製のドアがあった。望が開けようとしてみたが、やはり鍵がかかっている。
「ハチ、これは開けられない?」
「残念ながらこの錠はネットワークに繋がっておりません。昔風の錠ですので、物理的に破るのがよろしいかと思います」ハチの返事に望が頑丈そうなドアを眺めてえ~っとため息をついた。その横でミチルがドアを蹴ってみているが流石に壊れない。
「ちょっと離れて」 そう言ったプリンスが小さなガムのようなものをドアノブの周りに張り付けてブラクに合図した。そのとたんに小さな爆発が起こり、錠が壊れてドアが開いた。幸いなことに中には誰もいなかった。
「きょうがハンティングクラブの狩猟日で良かったな。マラドーナも忙しいだろう」 リーがそう言って辺りを見渡した。
「これが、それっぽいな」 部屋の中央には数台の機器があった。望は急いでそのそばに行き、スイッチをオンにしようとしたがつかない。どうやら電源をいれるにも本人認証が必要らしい。
「これ、なんとかなるかな?」 ハチに問いかけると執事姿のハチが現れた。
「この機器のカバーを開けて、私の本体を私の指示するところに置いていただければ大丈夫です」 ハチが自信たっぷりに言った。プリンスとリーが協力して何とかカバーを開け、望はハチが指さす位置にLCを置いた。ミチルは廊下のアンドロイドを壁に凭れさせて、その陰から階段を見張っていた。
「もう大丈夫です。この箱のデータはすべてダウンロード致しました。元のデータはどう致しますか?」 数分後にハチが訊いた。望はプリンスを見た。プリンスはちょっと考えてからハチに訊いた。
「ハチ、ここを離れた後もこのデータにアクセスできますか?」
「はい。もう繋がりましたので外部からでもアクセスできます」
「それではこのままにしておきましょう。部屋に入ったのはバレますが、この機器には侵入出来なかったと思わせたいのですが、出来ますか?」
「勿論できます。バレなければ大丈夫、でございますね?」プリンスが笑って頷いた。
「何それ?ハチとプリンスの間のジョーク?」 望が疑わし気に言った。
「護衛のスケジュールによりますと、あと12分でこの階への見回りがございます。撤去をお勧めいたします」ハチが言った。そういうことはもっと早くに言って欲しい、と望は思った。
4人は慌てて部屋を出て、裏口に戻り、裏門に向けて歩き始めた。その時誰かが塔の上の方で叫んだような気がした。無事に裏門から出てドミニクと合流し、すぐにトラックを発進させた。しかし、少し離れた時にサイレンが鳴って車が何台か正門から出てくるのが見えた。プリンスはトラックを道からはずれた岩陰に止めて、やり過ごすことにした。出て行った車はすべて30分後には戻って来た。その頃から来客のものらしい車が到着し始めた。侵入者があってもハンティングクラブの狩猟パーティは行うらしい、とプリンスが苦々しい口調で言った。しばらく待ってそれ以上の動きがないのを確認してからトラックをグリーンフーズの駐機場に戻した。その頃には全員疲れ切って、そのままトラックの中で寝ることにした。