139.ホセ マラドーナ
「望、どうしますか?」 プリンスが望を見た。
「その人達も無理やりやらされたんだよね?それなら、もう2度とこんな事をしないのなら、僕は構わないけど」 そう言ってプリンスを見ると、彼は望の好きなように、というように肩をすくめた。
「有難う。地元の警察に渡すと、始末される恐れがある。手元に匿って、裁判で証言させる方が良いと思うから、まあ見逃してやってくれ。必ず償いはさせる」ドミニクの言葉に一体どんな償いをさせるのかと気になったが、信用すると決めたのだから、と黙って頷いた。
「ただ、その地元の有力者というのは許せません。自然保護区として保護を受けておきながらその中で動物の殺戮を行うなど、情状酌量の余地もありません。一緒に狩猟を行った仲間もすべて処罰できるように証拠を固める必要があります。望もそれで良いですね?」 プリンスの怒りに、望も同意した。保護すべき動物達を遊びのために殺すなど一体どんな人達なのだろうか?
「わかっている。わしの知り合いによると、裏社会の犯罪者より悪質だという話だ」
「へえ、誰だろう?俺にも名前を教えて」 リーが体を乗り出してきた。
「君達も名前ぐらいは知っとるだろう。ホセ マラドーナだ」その名前にリーが息を呑んだ。
「ホセ マラドーナって、確かアフリカ地区の代表だよね?」 望が記憶をたどりながら訊いた。
「ああそうだ。南アフリカ時代からの古い一族で、連邦成立の際にはブランソン大統領に協力する代わりにかなりの特例と、治外法権を手にしておる。まあ、その特権も年々徐々に削られてきておるから、それを取り返す意味もあって今度の大統領選に名乗り出たんだろう」
「大統領選に出るの?そんな人が?」 望が驚いてプリンスに訊いた。
「まず勝ち目はないと言われています」 プリンスが安心させるように答えた。
「しかし、アフリカ地区でマラドーナ相手では、簡単にはいかないでしょう?」 プリンスがドミニクを鋭い目で見た。
「まあな。証人になる密猟者は厳重に隠しておるが、マラドーナ一族対裏社会に繋がった密猟者では裁判の行く末は見えておるな」
「そんなあ。じゃあどうするの? 自然保護区で狩猟だなんて、許しておけないよ」
「望君がそう思うのはわかっておる。わしもこのままにしておくつもりはない。ただ、慎重に動かんと自分の土地に移した証拠の動物達を始末されるのは間違いないからな。もう少し時間をくれ」
「始末って、ひどい。ドミニクは大丈夫?そんな人を相手にして何かあったら...」 望はドミニクも危険だと言うことに気が付いた。
「心配してくれるのか? 誰かに心配されるなど、何十年、いや、多分初めてじゃないかの」 ドミニクが何故か嬉しそうに笑った。
「冗談じゃないよ、ドミニク」
「すまん。心配などしてくれる人間を知らなかったものだからつい浮かれたようじゃ。まあ、わしは大丈夫だ。こう見えてもこれくらいの危険は何度も潜り抜けてきておる」 真面目な顔になってそう請け合ってくれたが、どうにも不安だ。
「プリンスはマラドーナを良く知っている?」
「個人的には知り合いではありません。大統領と同じで大きなバーティで顔を見たことがあるくらいです。あの人は子供には見向きもしませんので、挨拶はいつもお爺様にされていましたね。傲慢な印象でした」プリンスが思い出して、顔を顰めた。
「彼相手にどう戦うか、一度作戦を練った方が良くはないでしょうか?」 プリンスがドミニクに提案した。
「そうだな。わしなら効率的にすぐに片を付けられるんだが、望君はそれを良しとせんだろうしな」 ちょっと伺うように望を見た。
「何かすぐに解決できる方法があるの?それなら多少無理な事でも僕だってやるよ」 望がそう言うとミチルが額に手を当てている。リーが望の側に来て囁いた。
(ドミニクの効率的なやり方って、多分本人を始末することだと思うぞ)
「始末?」 きょとんとした望の頭をミチルがはたいて、小声て言った。
「殺すことよ」
「殺す、駄目だよそんなことしちゃ」 驚いた望が大きな声を出したので、ドミニクが苦笑した。
「一番効率的なんだがな、こんな場合。だが、君が嫌がるのはわかっておるから、正攻法で行くつもりだよ。まあ、ほとんど正攻法でな」 ちょっと考えてから付け加えた。
「それで、お願いします」