136. キング大統領と昼食
キング大統領は気さくで、話し上手だった。今回の事件の事には最初のお礼の言葉以外触れずに、様々な興味深い政治の裏話などをわかりやすく話してくれたり、望達の学校生活について質問したりした。大した話でなくても、彼が話すと大変興味深い話題に思えた。固くなっていた望達もコースが進むうちにこの滅多にできない経験を楽しむ余裕さえ出てきて、スペースワンの事や、普段は知ることのできない裏話などを質問した。
「素晴らしい料理でした。さすがは大統領のシェフですね。ごちそうさまでした」 コースがすべて終わり、食後のコーヒーを楽しみながらプリンスが料理の礼を告げたので、望達も口々に本当に美味しかったと同意した。
「気に入ってもらえて良かった。コージはいつも研究の話しかしないから、君達のように幅広い好奇心のある若い人と話すと、こちらも刺激されて楽しかったよ」
望は大統領が、別れの言葉を口にするものと思い待っていた。しかし彼は、ゆっくりとコーヒーを飲みながらこちらを見ている。こちらからもう帰りますと言うべきなのか、と悩んでそっとブレナン博士を見ると博士は大統領を見て顔を顰めていた。 プリンスを見ると、微笑みを浮かべてはいるが、眼が笑っていないようだ。
「あの、大統領、今日は本当に有難うございました。大変楽しかったです。これ以上貴重なお時間を戴くわけにはいきませんので」 誰も言い出してくれないので、思い切って望の方から別れの挨拶を始めたが、大統領が手をあげて望の言葉を遮った。
「もしよければ、もう少し時間をくれないかな?情報局の連中に、もうこれ以上君達を煩わせないように言ったんだが、その代わりにどうしても幾つか確認して欲しいことがあると言われてね。私が直接訊いた方が彼らに任せるよりましではないかと思って承知したんだ。よかったらスペースワンの中を案内するから歩きながら気楽に質問に答えてくれないかな?」スペースワンの中を案内してもらえると聞いてリーがちょっと興奮したようだ。ミチルもまんざらではないように見える。プリンスは...相変わらず微笑んでいる。
「大統領、質問には午前中散々答えたんだがなあ。まだ他に何を訊くことがあるのさ?」 ブレナン博士が文句を言った。
「どうやってハンセンの裏をかいて、君を助け出したかがどうも納得できないらしい。それと、ハンセンと副大統領の会話を記録した技術についても疑問があるらしい。
というのも、どこかから送られてきた副大統領の悪事の記録が、ミラクルフーズの調査に入った時にうまく見つかった悪事の記録と同様にどう見ても極秘の記録を誰かがハッキングしたとしか考えられないそうだ。副大統領も、ミラクルフーズも大変厳重な情報管理をしていた。そこに侵入したとしたら、内部に裏切者がでたのでないかぎり、現在の連邦の技術水準を超えているわけだ。そうであれば、その誰かは多分連邦政府の極秘情報にすら手が届くのではないか、というのが彼らの心配するところなんだ」
「そんなこと私達に話されて良いのですか?」 プリンスが微笑みを崩さないまま大統領に訊いた。
「私は助けられた方だからね、その誰かが悪意を持って他人を害そうとするのでなければ特に調べようとは思わない。私が知りたいのは、その誰かが優れた技術力を使って人類に害をなす危険があるかどうかだけだ」 大統領はそういうと、真っすぐに望の金色の瞳を見つめた。望は瞬いて大統領の黒い瞳を見返した。
「えっと、よくわかりませんが、そんな優れた技術を持った人がいるなら、どこかで有名になっているんじゃないでしょうか?」 首を傾げて言った望に、大統領がふっと声を出さずに笑った。
「そうだな。それに、そんな奴が悪事を働こうと思ったら止めるのも難しいから、その人の良心にまかせるしかないしね。まあ、案外彼らの組織内部に良心を持った者がいて、こっそり情報を送ってきたのかもしれない。私は、人間はすべて良心を持っていると信じている」 大統領の言葉に成程、と頷いたのは何故か望だけだった。
どうやら話はそれで終わったらしく、一般に見せても良い部分だけだが、と言いながら大統領自らスペースワンの中を案内してくれた。




