135.突然現れた変な?人
いきなり入ってきた背の高い男は黒い帽子を目深に被り、黒のサングラスで、いかにも怪しい、と望は思ったが、情報局の3人は立ち上がって敬礼した。ブレナン博士とプリンスも立ち上がったので、望達も続いた。もっとも望は何が起こっているかわかっていなかった。
「やあ、わざわざ来てもらって済まない。私が出向いても良いと言ったんだが、皆に反対されてね」軽く手を上げて挨拶を返しながら望の前に立った男が帽子を取り、サングラスをはずした。
ぽかんとしている望の手を握って挨拶するのはニュースなどで見慣れたマホガニー色のハンサムな顔の連邦大統領だった。
「オルロフ君も久しぶりだね。1年ぶりかな? 君は、リー ライ君だね?お父君とは何度かご挨拶してるんだが。そちらのお嬢さんはヤナギ家のご令嬢だね。ジョージ キングだ」ご令嬢、というところでリーが信じられないような顔でミチルを見て、ミチルに蹴られていた。
「昨年のニューイヤーズ パーティ以来ですのでほぼ1年ぶりです。お変わりなくお元気そうでお喜び申し上げます」 プリンスは驚いた様子もみせずに大統領の差し出した手を軽く握り返しながら挨拶をした。
「お目にかかれて光栄です」 ミチルは少し上気した顔で挨拶している。どうやら大統領のファンだったらしい。リーも真面目な顔で挨拶している。
「君達のおかげで命拾いしたのは間違いないから、是非直接会って一言お礼が言いたかったんだよ」 皆に座るよう促して、自分も望と向かい合って腰を下ろしたキング大統領はそう言って、東洋式に頭を下げた。
「僕は自分にかかってきた火の粉を払っただけなので、特にお礼を言っていただくような事は何もしていません」望が恐縮してそう言うと、大統領は笑って、そのおかげで助かったのだから、と言った。
「そのお礼というわけではないが、君達を食事に招待したいと思ってね。昼食がまだだろう?よかったら一緒にどうだね?」
「大統領、私も良いのかね?」 ブレナン博士が気安い様子で大統領に訊いた。
「まあ、しょうがないからな、コージも一緒に来ていいよ」 大統領がからかうように答えた。望が二人のやりとりに驚いていると、プリンスがあの二人は学生時代の同級生なんです、と小声で教えてくれた。博士が勝手に返事をしたので、望達が何か言う前に一緒に昼食を摂ることになった。
「スペースワンのなかで食べるのか!」 リーが小声で興奮している。ミチルは辺りを警戒するように望の後ろを歩いているが、かなり緊張しているようだ。
食事に行こうと言われて車に乗ったが、連れて行かれたのはプライベートな発着場でそこには大統領専用機のスペースワンだけが駐機していた。
4階層あるスペースワンの中央は最上階まで吹き抜けになっており、頭上には空が見えた。その2層部分で吹き抜けに面したテラスに席が用意されていた。
「ここなら誰にも邪魔されずにゆっくり食事が出来るからと思ったんだが、どうだい?スペースワンのメインシェフはなかなか腕がいいんで、君達の口にも会うと思うよ」世界の要人をもてなしているに違いないシェフの腕が一流じゃないはずはないよね、と望は思った。
「はい、楽しみです」望がそう言うと同時に人間の給仕がオードブルとサラダを並べ始めた。給仕ロボットじゃないのかと、思わず顔をじっと見てしまった。給仕をしていた若い男性が望を見てにっこりした。その笑顔で、人間だと確信した。でも、スペースワンで人間の給仕など雇っているのかな?
「彼は私個人の雇用だが、ここの何でも屋なんだよ。ちょっとした修理から事務仕事、給仕は勿論、シェフが休みの時は料理も作れる。それに、私のトレーナーでもある」 望の疑問がわかったのか、大統領が説明してくれた。
「トレーナーですか?」 興味を引かれたプリンスが給仕を見た。ミチルとリーも興味深そうに見ている。
「やだな、大統領。そんなことおっしゃるから皆様に見られてあがってしまい給仕ができませんよ」そう言いながらも手際よくすべての皿を並べてドアの向こうに消えた。
「私はここで過ごすことが多いから、運動不足にならないように気を付けているんだよ。彼は物凄く優秀なトレーナーでね、不規則になりがちな私のトレーニングスケジュールをうまく調整してくれるんで、助かってる」
食事は大変おいしかった。伝統的なコース形式だったが、世界各地の料理が取り込まれており、楽しませてくれた。 最後のフルーツにはマナフルーツの新作が幾つか使われ、味は勿論、彩も美しかった。