134. 密猟者と取り調べ
昨日投稿ミスしたので、2日分です。
『お母さん、起きて』 ぐっすり眠っていた望にカリの声が聞こえた。
「カリ?どうしたの?」 昨夜は遅く着いたあとも、皆で同じ部屋に泊まるという経験が初めてだったせいか、話し込んでしまって、寝たのは真夜中をかなり過ぎていた。寝過ごしかのかと思って手元を見るとまだ朝の3時だ。2時間も眠っていない。
「まだ夜中だよ。一体どうしたの?」 閉じようとする眼をなんとか開けて、プリンスとリーを起こさないようにそっと起き上がり、窓辺に置いたカリの鉢の側へ行った。
『この子が、なんだか変な人が来たって』 この子、というところでイメージが伝わり、それがアフリカの保護区に植えてきた木だとわかった。マンゴーにしては大きすぎる実をつけるようになって、鳥や動物達に喜ばれていたはずだ。
「変な人ってどんな風に変なのかわかる?」
『あのね、暗くなってから来て、木の近くで寝ている子を捕まえて行くんだって。今日はお母さんが殺されて赤ちゃんが連れて行かれたんだって』
「えっ、殺された?」 望は驚いて思わず大きな声を出してしまった。
「望、どうしたの?」 隣のベッドで眠っていたプリンスが起き上がってこちらを見ていた。
「ごめん、起こしちゃって」
「そんなことは構いませんよ。それより、誰が殺されたのですか?」
「わかんない。ちょっと待ってね」望はカリに向き直った。
「カリ、僕が直接その子と話すことはできるかな?」
『う~ん、やって見る~』
『お母さん、カリに触って』 数秒してカリに言われて、そっとカリの根本に触ってみる。するとカリを通じて遠くにいる木の感情が伝わってきた。
「大変だったね。君の見たものを見せてくれる?」 そうお願いする望の頭の中に木の近くに穴を掘って生活していたらしいミーアキャットの親子が網で捕らえられていくところや、チータの母親がレザーガンで倒されて、子供が連れ去られる光景が見えた。
「有難う。なんとかするから、又何かあったらカリに言ってね」 真っ青になった望は漸くそれだけ言うと、カリから手を離した。
「大丈夫?」 直ぐ側に来ていたプリンスが望の顔色を見て、心配そうにしている。
「プリンス、密猟だと思う」 そう言って、プリンスに自分が見たものをなんとか説明する。
「すぐに行ってなんとかしなくちゃ」 望はそう言うとすぐにアフリカへ行こうと立ち上がった。
「私もそうしたいですが、少し待って下さい。今朝は大統領情報局との約束があります。それに、ミーアキャットもチータも絶滅危惧種ですし、そうでなくともすべての木はこちらで所有している自然保護区にいるはずです。そんな地域で、それほど大胆に違法行為を働ける、ということは何処か地元の権力者と繋がりがある可能性が高いですから慎重に行動しないといけません」
「でも、早く行かないともっと殺されるかもしれないし、攫われたあの子どもたちがどうなるか」
心配で泣き顔になっている望を見て考え込んでいたプリンスが言った。
「望、ここはドミニクにまかせてはどうでしょうか?彼なら多分私達が行くよりうまく処理できるでしょう。それに、彼は木と話せるんですよね?」
「ああ、そうか。うん、ドミニクならあの子とも話せるし、悪い人も見つけられるよね?」 ドミニクとはネオ東京で別れたが、来週末には一緒にハワイの研究所に行くことになっていた。
「ハチ、ドミニクは今何処にいるんだっけ?今何時だろう?連絡できる?」
「ドミニク バーンスタインは現在フロリダ州マイアミです。ここと時差はございません。現在午前3時30分です。連絡しますか?」
「うん、お願い」 数分後にベッドから起き上がった状態のドミニクと向かい合っていた。
「ドミニク、朝早くからごめんね。緊急にお願いしたいことがあって」 望は掻い摘んで用件を話した。話の途中からドミニクは起き上がって着替え始めた。
「すぐに向かうよ。もし他に知っておいたほうが良いことがあったら資料を送信しておいてくれ」 そう言うと部屋を出て行ったようで通信が切れた。
「あとはハチに詳しい資料を送ってもらえば、任せて大丈夫でしょう。もう少し休んだらどうですか?明日、ではなくて今日は、大変ですよ」プリンスがそう言って、望の肩を引き寄せ、ベッドに向けた。
「やっぱり眠れそうにないや。僕、少し外を散歩してくる」 ベッドに入って少し眠ろうとしてみたが、殺されたチータの姿が瞼から消えなかった。 諦めて起き上がるとプリンスも起きていて望を見たので、そう言うと、彼も起き上がった。
「私ももう起きようと思います。一緒に行ってもいいですか?」 リーはぐっすり眠っているようだったので、2人でそっと部屋を出た。
研究所の建物の中庭は中世風の建築に似合う庭園で、薄っすらと雪の積もる草木が常夜灯に照らされてどこか神聖な感じがした。頭の中の殺伐としたイメージを振り払おうとしながら歩いていると、聞こえるのは薄氷の張った芝を踏む2人の足音だけで、ここが大都会の真ん中とは思えなかった。何も話さずに歩き続けるうちに薄っすらと東の空が紫からオレンジ色に変わっていく。その美しい空に、漸く頭の中の残酷な光景が薄らいでいった。
「ごめんね、付き合わあせて。僕、あの子から光景を直に見せられたものだからどうしてもそれが頭から離れなくて」
「そうだったんですか。私は話を聞いただけで胸が痛かったのに、実際に見たなんて...大丈夫?」 プリンスが痛ましそうに望を見た。
「うん、もう大丈夫。多分。一緒に来てくれて有難う。朝になっちゃったね。戻ろうか?」
「おい、どこ行ってたんだ?どこか行くんなら俺も誘ってくれよ」 部屋に戻るとリーとミチルが既に起きて待っていた。 プリンスが2人に何があったかを説明し、憤るリーにドミニクが対処してくれると話した。 リーとミチルもドミニクならうまくやるだろうと納得してくれた。
9時前にブレナン博士が部屋に迎えに来てくれて、5人で地下1階のミーティングルームに入った。部屋には既に3人のスーツ姿の男性が座っていた。
「あれ、お待たせしましたか?」 ブレナン博士がわざとらしく自分のLCをチェックしながら言った。
「いいえ、時間通りです。我々が少し早く着きすぎました」 3人を代表して、一番小柄な男性が言った。
「私は大統領直属情報局局長のミカ ダイソン、これは局員のエリソン ムーアとダイゴ ハリスです」
丁寧に挨拶されたので、望も名乗り、プリンス達を紹介した。
「今日は非公式な事情聴取で、友人も一緒で構わないと言うお話でしたので、一緒に来てもらいました」そう締めくくると、ダイソンが勿論構わない、と頷いた。むしろ、有難い、と言われた。
「ではまず今回の事件について起きたことを順に話してもらえるかな?それとグリーンフーズのモスクワ研究所であったという苗木の盗難事件についても伺いたい。一緒にいた君達にも是非詳しい話を聞きたい」 プリンスとミチルを見てそう言ったので、有難いと言われた訳が分かった。。
今回の出来事を詳しく話し、質問に答えてから、モスクワ研究所の事件に関する質問に答えていると、いつの間にかお昼になっていた。どうもどうやってハンセンの作戦の裏をかいたかという点と、ハンセンと副大統領の会話を送ってきた出処を確かめようとしているようで、殆どの質問にはプリンスが答えてくれた。望は自分の手首のハチを見ないようにするのに懸命だった。
「そろそろ昼だし、事情聴取はもう十分じゃない?」 ブレナン博士がダイソン局長に訊いた。
「もう少しはっきりさせたい点があるんだが...」渋るダイソン局長に被せるように博士が言った。
「まさか昼も食べさせないで尋問するわけじゃないよね?天宮君達は好意で自主的に来てくれてるんだよ?」
「それは承知しています。では、昼食のため休憩しましょうか」 仕方がない、というように局長が言った。
「もうこれ以上訊くこともないだろう?僕もちょっと天宮君達と話があるんだけど、次は僕の番だよ」
ブレナン博士がそう言って事情聴取を打ち切ろうとしていると、ドアが開いて誰かが入ってきた。