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16. 南極、ペンギン、謎の敵

ペンギン、可愛い...

 7月29日 12:00


 南極大陸 ロス海 ビューフォートアイランド


 窓の外はマイナス20度だ。


「南極大陸には特別な許可がないと誰も入れません」


 マックのつけてくれたカイルという南極ガイドは、背はミチルと変わらないが、がっしりした茶色い肌の男で、先住民の血が強くでていだ。


 子供のころから父親の仕事の関係で南極基地のドームに毎年6ヶ月は暮らしていたという。南極大陸近辺の環境問題を研究する学者でもあるという。


「皇帝ペンギンの繁殖地には乗り物で1キロ以内に近づく事は禁止されています。雛がおびえるので。

 皇帝ペンギンはかつては40~50万羽も生息していました。それが、21世紀の急激な地球温暖化と、近辺の過剰な漁業活動のせいで一時は絶滅寸前までいきました。旧国際連合が南極近辺の漁業を一切禁止して300年、漸く以前の半分ほどに回復しました。

 このヘリコプターは、皇帝ペンギンを観察する時、全く音がしない様にと、特別に作らせたものです。スピードはありませんが、ジェットと同じホロエミッターを装備していますので外からは見えない仕様です。これでしたら、彼らに感ずかれずに近くまで行けます。そちらの窓は望遠レンズなっていますので、拡大してみたいところがあれば、窓をタップしてください」

 彼らのヘリはペンギン達の固まる広場から少し離れた平地に着地した。


「ウワァ可愛い!ミチル、見てごらんよ」


 早速窓をタップしてペンギンに焦点を合わせ、夢中で眺めていた望が、父親のお腹の下から顔を除かせている雛をスクリーンで拡大して興奮している。


 幼児用インヒビターをかけられていたら、絶対激痛を起こしそうな程の興奮状態だわ、ホントまだ子供なんだから、と思いながらスクリーンを見たミチルも、思わずため息をついた。


「ホントに可愛いわね。ぬいぐるみそっくり」


 真っ白な父親ペンギンのお腹の下から顔をだして、10センチほどの雛が足の上にちょこんと座っている。


 頭から鼻先は真っ黒で、顔の部分は白いが、その中にまん丸な黒い目がある。どんな動物でも子供は可愛いが、これはまた、殺人的に可愛い。


「しかし、寒くないのかなあ。マイナス20度だぜ」


 ヘリの中は暖房が効いているとはいえ、この気温では、さすがに暖かいとはいえない。断熱スーツを着込んでいても体が冷えるような気がする。

 寒さに弱いリーは、ペンギンの父親の心配をしているようだ。


「彼らは人間より生存できる気温の範囲が大きいのよ。根性が違うわね」

ミチルは意味ありげにリーを見て言った。


「根性でマイナス20度が耐えられるなら、見てみたいね」


「でも何だか彼ら楽しそうじゃない?」望が言った。


「そう言われてみれば皆嬉しそうに見えますね」プリンスが望の横からペンギンを観察して同意した。


「こんな寒空で立ちっぱなしで何が楽しいんだよ」


「あっ、どうしたんだろう。あのペンギン」


 窓に張り付いていた望が叫んだ。


 一羽のペンギンがいきなり倒れたのだ。見れば倒れたペンギンの足元には小さな赤ちゃんペンギンらしい塊りが見える。


「皇帝ペンギンの父親は雛が孵るまで何も食べずに120日以上過ごします。中には弱って倒れてしまうものもでるのは仕方がないんですよ」


 カイルが同情するような口調で説明した。


「そんな、じゃ雛はどうなるんですか?」


 望が青くなってカイルに聞いた。


「もし近くに卵を失くしたペンギンがいれば助かる事もあるかもしれませんが、そうでなあれば数分で凍えて死んでしまいます」


「僕が行きます。ドアを開けて下さい」


「無理ですよ。雛は親がいないと助かりません」カイルが慌てて止めた。


「父親ごと連れてくるから」


「冬の南極は危険なところです」

 カイルが困ったように言ってエリオットを見た。


「気持ちはわかるが、一人では危ないよ、天宮君」


 マックから言われて一緒に来ていたエリオットがためらうように止めた。


「早くしないと助からないんでしょう?僕たちも行きます」プリンスが言った。


「「僕たち?」」


 リーとミチルが同時に叫んだ。だが、本当に驚いているわけではない。


 決意のかたそうな4人を見て諦めたようにエリオットがため息をついてカイルに言った。


「もう少し近づいてくれるか?」


 カイルはあきれたように首を振りながら操縦席に戻った。


「じゃあできるだけ近づくからね。降りたら機体は見えないから降りた場所をよく覚えているんだよ」


 カイルはゆっくりと機体を滑らせ、ペンギン達の200メートル程手前まで行ってこれ以上は無理だと、停止した。


 プリンスに急かされながら望達は倒れたペンギンの元に駆けつけようとした。


 わずか200メートル程の距離がなかなかすすまない。機体の中からはわからなかったが、外は風が強く、その冷たさはナイフに切られるのようだ。


 氷の上を滑らないように歩きながら、何故ペンギンがあんな形で、あんな歩き方をするのか今わかった、と望は考えていた。この中を何キロも歩いて子供を作りに来る彼らに心から尊敬の念を抱いた。


「おい、これを見ろ」


 一足先にペンギンにたどり着いたリーが倒れたペンギンを抱き起こしながら叫んだ。


「麻酔銃のようですね」


 ペンギンの首の後ろに花びらのようなものが刺さっている。


「麻酔銃?誰かがわざと撃ったってこと?」


 追いついた望がペンギンの足元から顔を出している雛ごと毛布をかけてやりながら聞いた。


「密漁者かもな。撃たれたばかりだから、撃った奴はまだこの辺にいるはずだ」


 リーとミチルが辺りを見回した。


 わずかに雪のまじった強い風のせいで視界が悪い。


「プリンス、ペンギンは大丈夫かな?」


「あまり強い麻酔ではなかったようですよ。ほら、もう気がつきました」


 ペンギンは望たちを見て驚いた様子で羽をばたつかせた。


 そっと抱き起こして立たせてやるとまだ少しぼんやりした動きで仲間の輪の方に歩いていく。


 雛は安心したように父親おなかの下に隠れた。


「大丈夫かな」


「あの輪の中に入れば自分で立っていなくても周りが支えてくれるから大丈夫でしょう」


 父親ペンギンは何とか輪の中に体を押し込んだ。


「ペンギンはもう大丈夫なんだろう?急いでヘリに戻った方がいい。いやな感じがする」

 リーが急かした。


 4人がヘリに向かって歩き始めたとき、赤い閃光が走った。


 驚く望のすぐ前の氷が白い煙となって溶けた。


「レザーガンだ。望、ペンギンの群れの中に隠れるんだ!」リーが後ろで叫んだ。


「だめだよ!そんなことしたらペンギンが撃たれる!」


 望はヘリとは反対の方角50メートルほど離れたことろにある氷の山を目指して走った。


 強い風が真向かいから吹いて来てわずかの距離がなかなか進まない。


 やっと氷の影に滑り込もうとした瞬間、ミチルが望を引き倒して、望の上に覆いかぶさった。と、その上にリーが重なった。


「ウッ」


 リーのうめき声と、肉の焦げる匂いがした。


「望!リー!」


 プリンスの叫び声が遠くに聞こえる。望は二人の重みで息ができず、気が遠くなりそうだった。


「リー、大丈夫?」


 体を起こしたミチルがリーを振り返った。


「リー、動かないで。ひどい傷だ」


 追いついてきたプリンスがリーの背中を見て声をあげた。


「俺は大丈夫だ。とにかく氷の影に入れ」


 3人はリーを引きずって大きな氷の後ろに隠れた。


 リーの背中の傷をみて、望は絶句した。


 斜めに大きく5センチほどの幅で深い傷が骨に達している。白いサーモスーツがあふれ出る血で真っ赤だ。


 プリンスが止血しようと傷口を両側から押さえた。


 「うっ」リーが呻いた。


 「リー、ごめん。僕のせいだ」


 「いいえ、私のせいだわ。望を守るのは私の責任なんだから」


 ミチルが泣きそうな声をだしている。


 「何を言っているんだ。撃った奴以外誰のせいでもない。とにかく一刻も早く止血しないと。それにスーツが裂けているので凍えてしまう。サーモブランケットを」


 望はあわててペンギンのために持ってきたサーモブランケットを広げてリーの体を覆い、その上から傷口を押さえた。


 再び赤い閃光が走って隠れている氷に穴が開いた。


「奴らはどこから撃ってるか見えますか?」


 プリンスとミチルが氷に隠れながらも周囲を見回している。


「あちらの方向からだと思うわ」


ミチルが右側を指して言った。


「僕らのヘリが隠れている方角ですね。ということはそっちからの救援は期待できないですね」


「そうね。どうやら密猟者ではないようね」

 ミチルも考え込むように同意した。


「さっき緊急要請しましたから、護衛隊が到着するまで10分程です。何とか持たせられるといいのですが」


 南極地域全域は保護地区で入るには許可が必要である。


 今回の外出は急に決まったことで、マックのヘリはともかく、プリンスの護衛隊のヘリの許可が間に合わなかったので、彼らは保護区域の外で待機している。


 その時また赤い光が走ると、今度は一度に2つの穴が開いた。


「少なくとも2人はいるということですね」


「リーはとても動けないよ」


 この状況で10分は永遠である。


「私が囮になって敵をおびき寄せるわ。その間にあすこの大きな氷まで逃げられればなんとかなるかもしれないでしょ」ミチルが立ち上がりながら言った。


 プリンスが手を伸ばしてミチルを止めた。


 「それなら私のほうが適任です。ミチルより少しは足が速いですし、もしかしたら私だけを狙っている可能性もありますし、私が行きます」


 望がぎょっとして二人を見た。


「だめだよ、そんなこと」


「ここにじっとしていたら全員がやられてしまうわ。5分ぐらい、私なら逃げ切れるから」


「待って。僕にアイデアがある、ミチル傷口を押さえていて」ちょっと考えた望が言った。


 ミチルは疑わしげに望をみてから黙ってリーの傷口を押さえた。

 望はポケットに入れておいた猫耳付きのヘアバンドを取り出すと頭につけた。目を閉じて頭の中にできるだけ精密なイメージを描いていく。


 途端に望、プリンス、ミチルの3人が現れ、怪我をしたリーを支えながら、今隠れている氷の陰から出て、海側の大きな氷に向けて走り出した。


 赤い閃光が彼らを追いかけたが、意外な速さで4人は氷の影へ滑り込んだ。


「よくやったわ、望。これで少しは時間が稼げるわ」


「あれはホログラムですか?まるで本物にしか見えませんね。そのヘッドギアだけで?」プリンスが感心して言った。


「まずいわね。4人いるわ」


 リーの傷口を押さえながら、氷の隙間から様子を伺っていたミチルが顔を顰めた。


「レーザーガンで氷を崩そうとしています。あの様子では5分は持たないでしょう」


「もう一度別の氷に向かって走らせるわけにはいかないの?」


 望は周囲を見回しながら考えた。

「この辺りはもう隠れるところがないよ。うまくいくかどうかわからないけど、別の方法を試してみるよ。ミチル、僕が合図したら、君の姿を隠すから、彼らの背後に回って銃を取り上げてくれる?合図するまで何もしないでよ」


「わかったわ。プリンス、リーをお願いするわ」

 プリンスがミチルに変わってリーの側に跪き、傷口を押さえた」


 望は4人の敵がすべて偽の自分たちが隠れた氷の方を向くのを確認して、今度は目を開けたまま頭の中のイメージに集中する。

 次の瞬間20人程の完全武装をした軍隊が彼らの後ろの氷の陰から現れた。


 敵は慌てて後ろを振り返ったが、既に背後からレーザーガンを向けられている。



「武器を捨てろ」

 護衛の一人が言った。(音も出るのか!)とプリンスが更に興味深そうに望の猫耳を見た。どんな時でも余裕あるなあ、と望は密かに感心しながら、ミチルに合図した。

 ミチルの姿が周囲と溶け合って近くで見ても見えなくなる。ミチルはそっと氷の陰から出ていく。

 謎の4人は銃を構えて背後の敵に向き直った。

「命を粗末にするな。これはおまえ達が持っているようなおもちゃじゃない。骨一本残らないぞ」


 そういいながら別の護衛が、持っていたレザーガンを撃つと、かなり遠くに見えていた大きな氷が一瞬で蒸発した。


 それを見た4人は、ためらいながらも望達が隠れた(と思い込んでいる)氷の陰に飛び込もうとした。 

 その時、素早く4人の後ろに回ったミチルがあっという間に手刀を食らわせ、頭を蹴りつけ、腹を踏みつけ、全員を気絶させた。その容赦のない暴力に望が思わず顔をしかめた。

 その途端、護衛隊は煙のように消えた。


「あああ、僕は銃を奪ってって言っただけなのに」


「縛るものがないから仕方ないでしょ」


 銃を抱えて戻ってきたミチルが望のぼやきを聞いて言い返した。


「それより、リーはどう?早く医者に見せないと死んでしまうわ」


「出血は取り敢えず止まりましたが、意識がはっきりしないようです」


 リーの傷口を押さえているプリンスが心配そうに言った。


「リー、敵は望とミチルが倒しましたから、もう大丈夫ですよ。あと少しの辛抱ですから眠らないでください」


「試合でミチルに一度も勝てなかったのが残念だ」リーが呻きながら薄目を開けて、囁いた。


「しっかりして、リー。試合なんてまた何時でもできるわ。今度はリーが勝つかもしれないじゃない」


「ミチル、最後にひとつだけ教えてくれないか」


 リーはまた目を閉じ、かすれた声で言った。


「なに?リー、何でも教えてあげるから、眠っちゃだめよ!」


「ミチルのマントラだよ」


「マントラ?」

 望が不思議そうに問い返した。


「ああ、俺との試合で俺がもう少しで勝てそうになる度、ミチルが何か唱えるんだ。するといきなりミチルの力が倍増しちまうんだ。俺が何度聞いても柳家の秘伝のマントラだといって教えてくれないんだよ」


 リーは途切れ途切れにそれだけ言うと静かになってしまった。


「リー眠ったらだめだよ!ミチル!」

 望はすがるようにミチルを見た。


 ミチルはかすかにためらったが、頷いた。


「本当は大したことじゃないのよ」


「無理に聞いてごめん。でも、これで知る機会がないかと思うと心残りで」教えてもらえるのが余程嬉しかったのか、少し勢いを取り戻したリーが言った。


「わかったわ」


 ミチルが 顔をリーの耳元に近づけると何かを囁いた。


「それだけ?」

 リーが急にはっきり目を開けて叫んだ。


 ミチルがわずかに顔を赤らめた。


「だから大したことじゃないって言ったでしょ。あなたの役にはたたないでしょ」


 リーの体からガクッと体から力が抜けた。


「リー、しっかりして!」



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